「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

カムイヤキ窯跡(阿三/伊仙町)

泉芳朗記念像からそのまま直進、途中工事中で舗装が途切れて、道幅は一気に狭くなります。道なりに行くとカムイヤキ遺跡の案内があり、サトウキビ畑のそばの土手の上に遺跡の碑があります。

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1つは「鹿児島県指定文化財・史跡カムイヤキ遺跡」と書いた碑で、もう1つの案内板の方は字が掠れてしまって読めないのが残念です。

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カムイヤキとは、伊仙町阿三のカムイヤキ池周辺で焼かれた壺、鉢、甕や椀などの焼き物で、昭和58年にため池等整備事業の工事中に発見されました。平成12年までの調査で、東西約1.4km、南北0.8kmの範囲で11支群、100基以上が発見されています。活動年代は11世紀から14世紀頃、北は鹿児島県薩摩半島からトカラ列島、奄美諸島、南は八重山諸島の与那国、波照間島での出土が確認されていて、分布範囲は1000kmに及んでいます。海上交易など中世の南島社会の解明に、重要な位置づけとなっているそうです。
※参考『鹿児島県の歴史散歩』(山川出版社)

カムイヤキというのは焼き物の名称(カムイ焼き)かと思ったのでが、そうではなくて地名に由来しているようです。

案内板のは裏側に出土遺物や窯の写真などがあります。写真では、窯の跡が壕のようになっていますが、今は埋め戻しているのか、周囲に何の痕跡も見当たらりません。

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「第5支群5号窯」などと番号で書いてありますから、たくさん見つかった中の1つでしょうが、この場所に碑が建てているくらいですから、分かりやすい窯の跡などが残されていてもいいと思うのですが、・・

近くに、「史跡を掘ったり、遺物の破片等を拾ったりすることは禁じられています」などと立札がありますが、遺物など転がっているようにはとても見えません。

 

伊仙町歴史民俗資料館には、出土品が展示されています。

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