「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

井之川八幡神社と朝潮太郎銅像(徳之島町)

井之川八幡神社は井之川集落を流れる名田川(なーだんこ)という川のそばにあります。まず目に入るのが、神社手前の広場に立つ朝潮太郎銅像です。ここ井之川の出身だそうで、郷土の英雄ですね。

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バックに見える山がいい姿をしています。徳之島の最高峰の井之川岳だと思うのですが、何しろ初めてのところなので見当違いかも知れません。

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トレードマークの胸毛がないですね。昔の記憶とはちょっと印象が違います。(もっといかつい感じだったように思います)


朝潮太郎(3代)は、昭和23年秋場所に初土俵、所要7場所で入幕し、32年春場所後に大関昇進、昭和34年春場所後に第46代横綱に昇進しました。優勝回数5回ですが、横綱になってからの優勝は1回だけです。。腰椎分離症などの故障に悩まされていたそうです。大関昇進の前後が人気も絶大で、一番強かったように思います。栃若時代と柏鵬時代の間に挟まれたような存在ですが、強い時には滅茶苦茶強くて、オールドファンには印象深い力士です。

 

八幡神社は広場の上の方にあります。

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神社の由来については、花徳神社にあったのと同じ説明が書かれていて、明治8年に島内毒蛇被害消滅祈願書として鹿児島県荒田八幡神社の神霊(円鏡体)を勧請して、木造社殿を建てたのが始まりとのことです。花徳村で反対されたため、井之川に建立されました。神社の砂を家の四隅にまくとハブが侵入しないという俗信があるそうです。

社殿の扉が開いていたので中を拝見。

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ご神体の円鏡があるのかどうか確認できません。

 

神社は高台にあって、非常に見晴らしのいいところです。

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五番拝所ですね。

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300メートルくらい離れたところが朝潮生誕地で、朝潮相撲道場があります。

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土俵が残っていますが、今でも使われることがあるのでしょうか。きれいに維持されています。

ここは朝潮が引退して高砂部屋の親方となってから、弟子たちの合宿所として使っていた場所だそうです。

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5代目高砂として高砂部屋を継承し、先代から引き継いだ高見山、富士櫻、自分の代に入門した朝潮(4代目)、小錦、水戸泉らを育てています。親方としても立派な人物だったのだと思います。
58歳の時に脳溢血で急逝しました・・。