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「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

花徳神社(徳之島町)

平土野方面から島を横断すると、徳之島東側(太平洋側)の徳之島町に入ります。島を横断といっても山越えをするという感じではなく、かなり平坦な直線道路で、こういうところにも奄美大島や加計呂麻島との地形の違いを感じます。

最初の集落は花徳(けどく)集落です。花徳神社の案内があったので左折して坂を登っていくと、白い大きな鳥居が建っています。

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ここは第八番拝所です。

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境内奥の方の山際の崖の上に社殿が見えています。

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慰霊碑の大きさが目立っています。

案内によると、この神社は平成7年に建てられたもので戦没者慰霊碑も同じ時期だといいます。神社にしても慰霊碑にしても、古くからある集落なのに、こんなに新しいのは却って珍しいです。明治8年に毒蛇被害消滅祈願書として鹿児島県荒田八幡神社の神霊を勧請するよう命じられたのですが、花徳村が反対したため、八幡神社は井之川の方に建立されたそうです。

花徳は宮城(みやぐすく)や上城(うえぐすく)という字名があって、按司どうしの争いがあったという伝承も残っていて歴史深い集落だとのことです。

 

これが社殿です。どういう神様をお祀りしているのかは案内がないのでよく分かりません。

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下の方にあるのが戦没者慰霊碑。

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建立されたのは戦後50年目だそうです。

 

碑を見ていると、学校の帰りらしい小学1、2年生くらいの数人の女の子が、鳥居の向こうから声を揃えて「こんにちわ~」と大きな声で挨拶してくれました。この神社は花徳集落から上花徳集落に向かう坂道の途中にあり、上花徳の方から山を越えて通学しているようです。

青々とした畑の向こうに、天気がよければ海まで一望できたと思うのですが少し残念です。

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