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「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

西郷隆盛謫居跡(岡前/天城町)

岡前西郷公園の手前にあるのが、西郷隆盛謫居跡。

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湾屋に上陸した西郷は、1週間後(文久2年6月17日)に琉仲為の勧めで、岡前の松田勝伝方に引っ越してきました。西郷はここで69日間を過ごしています。

上陸地から北の方に2kmほど離れた丘陵地です。


門からきれいな庭木の間を通路が延びていて、奥に石碑が建っています。

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琉仲為は西間切惣横目という郷士格の島役人で、役目柄、上陸した西郷に面会を求め、初めての対応で西郷に対する尊敬の念に打たれます。

「その風采は周囲のものすべてを威圧せずにはおかぬほどにどっしりしているにも拘らず、態度や言葉遣いには少しの飾り気もなく、所謂威あって猛からず、温容自ら他を許し万人を抱擁する雅量を現している」 ~『奄美大島と大西郷』(昇曙夢)~

仲為は、子どもの仲祐と親戚の子義志孝を西郷に付き添わせて身の回りの世話をさせ、読み書きを習わせました。
西郷は、近隣の子ども達の教育の傍ら、釣りに出かけたり、青年たちと相撲をとったり力比べをしたりして過ごしていたそうです。

 

石碑の横に丸い石が転がっています。

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村の青年たちと交流するとき力比べに愛用した石だそうです。西郷は怪力で村の青年たちも兜を脱いだといいます。

大110斤(66kg)、中90斤(54kg)、小80斤(47kg)

本物だとすると、よく残っていたものだと思います。(ちょっと綺麗すぎるような気もしますが) 66kgとか54kgというと、ほぼ米1表の重さですから、村の力比べに使っていたという話は現実味があります。

 

※参照(過去記事)西郷南洲上陸地(湾屋/天城町) - 「大奄美史」紀行