「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

行幸記念の鐘(久根津公民館)

久根津集落県道そばの久根津公民館がある広場(ミャー?)の一角に昭和天皇の行幸記念の鐘がある。

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行幸記念の鐘を見るのは油井に続いて2カ所目である。油井では大きな木の枝に吊り下げられていたが、こちらは柱が組み立てられている。尤も見た感じでは、どこかから調達してきて転用したものらしい。

菊の紋章が並ぶ模様の間に「昭和二年八月七日」の文字が見える。左右にも何か文字が書いてあるが読み取れない。

いくつか穴が開いているが、昭和20年の空襲で受けた弾痕だそうである。

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下の写真には写っているだけでも大小7つの穴があるが、すべてそうなのだろうか。

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こんな小さなものに、たとえ狙ってもなかなか当たりそうにもないが、それだけ空襲が激しかったのだろうか。

ここから古仁屋寄りの須手という集落には、海軍航空隊基地跡の碑が建っている。戦局が進むにつれ、この久根津にも秘密基地が設営されて、沖縄方面に特攻隊が飛び立っていったそうである。敵の攻撃目標にもなりやすかったのかも知れない。

※参照(過去記事)海軍航空隊古仁屋基地跡の碑(須手) - 「大奄美史」紀行

 

昭和天皇行幸に関わるものをみたのはこれでいくつ目か。当時天皇陛下のこの地への行幸が地元にとっていかに大きなイベントであったか、うかがい知ることができる。