「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

神屋と岡家の石垣 (阿室)

(前回の続き)

山を下りて集落内を奥の方に入る。道のそばの空地のようなところに小さな建物が建っている。

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集落の観光案内によると、これは神屋で、「神屋は親ノロのおられる所である」との説明がある。

窓が開いていたので中を覗きこむと、土間に竈の跡のようなもの。

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外から見ると小型のトネヤのようでもあるが、内部は様子が違っている。狭くて床もなく人が住んだり集まったりするような場所ではなさそうだ。


少し先の道路左側に石垣があり、これも集落の観光案内に出ていて、岡(本)家の石垣とのことである。「昔の岡家一族は神高い位の一族で、集落では一段と高い場所に位置し、石垣はそのままの形で残っている」との説明がある。

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こちらは正面から。家は無人のようである。

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前出の『海南小記』には、「山手へ吹き付ける風は強かったが、岡一族の屋敷の奥に祀った、弁天様の脇の樹に火の粉が盛んにかかる頃から急に風向きが一転した」という文章がある。多分この屋敷のことなのだろう。

柳田國男は、阿室では「旧家の出の岡茂七氏」から古い話を聞いたそうである。


集落の横を流れる川に沿って県道に戻る。

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緑がきれいである。

これは阿室小中学校。

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大きな学校だが人の姿はない。学校のHPによると平田、阿室、屋鈍を校区としていて生徒数は小中合わせて20名、近年は増加傾向にあるそうだ。