「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

4本柱が太い平田(へだ)集落のアシャゲ

平田神社のすぐ先が平田集落。集落の中心には土俵とアシャゲが並んでいる。

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手前にある土俵は大きくて立派な屋根つきのものである。

よく見ると天井には蛍光灯やスポットライトなどの照明設備もある。八月踊りのときなどに使うのだろうか。

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隣にあるアシャゲは、屋根を4本の柱で支えているだけのシンプルな構造だが、これもかなり大きい。特に柱の太さが尋常ではない。

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アシャゲは神を招聘して祭祀を行う聖域の建物であるが、現在は集落の人たちの語らいの場所でもあるという。確かに、風通しがよくて、ほど良い高さの板張りの床は、いかにも居心地がよさそうである。

柱の1つには、神様へのお供え用の棚らしきものが付いているが、今は何も載せられていない。

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少し集落の中に入っていくと、あまり目立たない所に小さな祠が建っている。

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注連縄が張ってあって、奥には神棚。

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集落の観光案内板の説明によると、これは守護神を祀る「ヘダンジャラのほこら」とのこと。
昭和8年の大火でほとんどの家が焼けてしまったが、そのとき子供たちが植えていた学林の焼け残った楠の木で、このヘダンジャラ様の祠を作ったという。

ヘダンジャラ様は長柄八幡や実久三次郎と並ぶ大男であったそうである。

 

このヘダンジャラ様というのは、どうやら前回の記事で紹介した平田神社の祭神の「平田ジラ様」と同一の人物(神様)を指しているようだ。

 

平田神社といい、この祠といい、昭和8年にあったという大火事(とその時のユタのお告げ?)が、この集落の信仰に大きな影響を与えてきたようである。