読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

平田神社と行幸記念碑 (平田)

宇検村の焼内湾南側沿岸を西の方に進む。前に佐念モーヤのある佐念集落までは来たことがあるがそこから先は初めてである。地図をみると、平田、阿室、屋鈍と3つの集落が海岸に沿って点在している。

佐念を過ぎてしばらく行くと、タエン浜という海水浴場を通る。右側は枝手久島のようで、岬との間から東シナ海が望める。

f:id:hn2784:20150612131028j:plain

海水浴客のための建物や駐車場などの施設がある。「やけうちの湯」などという看板が立っているので「こんなところに風呂屋があるのか」と思ったが、単なる広告でこの場所にあるわけではなさそうだ。

f:id:hn2784:20150612130939j:plain

 

さらにしばらく進み、途中で猪の赤ちゃんが道を横切るのに出くわしたりしながら、やがて道路わきに鳥居が見えてくる。社額には平田神社と書かれている。後で知ったのだが平田は「ひらた」ではなく「へだ」と読むそうだ。

f:id:hn2784:20150612132320j:plain

参道は蘇鉄などが覆いかぶさるように茂っていてトンネル状になっている。しばらく登ると途中にに手水鉢が建っていて、「奉納 紀元二千六百年」と刻まれているので昭和15年のものと分かる。

f:id:hn2784:20150612132504j:plain

 

すぐ先に社殿がある。赤と青のツートンカラー。

f:id:hn2784:20150612132510j:plain

開放されていて内部を見ることができる。右側の鏡がご神体か。

f:id:hn2784:20150612132548j:plain


少し先にある集落の観光案内板の説明によると、昭和8年の大火のあと、平田の人々に頼まれて名瀬からユタ神様がやってきてお祈りをしたところ、平田ジラ様という偉い人の霊魂を祀らなければ大火は絶えないということが分かって、現在地に神社を建立したとのことである。


社殿背後のガジュマルの木の向こうに大きな石碑が建っている。

f:id:hn2784:20150612132658j:plain

「行幸記念碑」と書かれているから、昭和2年の昭和天皇行幸の時のものだろう。

f:id:hn2784:20150612132625j:plain

瀬戸内町の方では当時の行幸を記念するものをいくつか見かけたが、宇検村で見るのは初めてである。

前後関係で考えると、神社のそばに記念碑を建てたのではなく、この行幸記念碑があった場所に後から神社が建立されたということになる。