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「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

大和村にも奉安殿があった!(今里小中学校旧奉安殿)

大和村南西端の今里集落にある今里小中学校の校舎の後ろ、裏山の石垣との間に、旧奉安殿が残されている。

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近づいてみると思ったより大きい。基壇の部分も広くてどっしりとしていて、高さもあって威圧される感じがある。

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脇に説明がある。

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今里小中学校旧奉安殿は、現在も建設当時の場所にあり、本殿は正面7段の階段をあがり周囲には基壇がまわされ建設当時のままでありその威風堂々の姿は戦前から戦後、現代と今里小中学校の歴史または地域の人々の時代の遺物として学校の一部としてたたずんでいる。

昭和13年の建立で平成19年に登録有形文化財に登録されている。

 

瀬戸内町図書館・郷土館のHPには町内に奉安殿が6つ残っていて、国指定文化財になっていることが記載されている。私もその内4個所で実物を見てきたが、大和村にも奉安殿があることはつい最近まで知らなかった。

奉安殿は、戦前の日本で、御真影(天皇、皇后両陛下の写真)と教育勅語を納めていた建物である。登下校時など前を通過する際には、職員生徒全てが最敬礼するよう定められていた。多くが昭和10年前後に建てられていて、皇民化教育、軍国主義教育のシンボルのような建物である。

終戦によって戦前の価値観が一変し、本土ではGHQの指令が出る前からいち早く奉安殿の取り壊しが始まっていたという。現在も残っているのは極めて少ないのではないかと思う。


こちらは今里小中学校の正面。旧奉安殿があるのはこの校舎の背後である。
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校庭のガジュマルの木が引き立っている。