「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

奄美の古い墓・佐念モーヤ 

佐念集落の少し先の道路際の墓地の一角に、モーヤと言われる墓がある。

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屋根と柱だけの小屋の下に、サンゴ石が積み上げられている。

正面に回ると花が供えられていて、線香立てなども置かれている。日常的に供養されているようだ。

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小さな隙間が空いていて、中が見えるようになっている。

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覗いてみると、人骨(頭蓋骨らしいものも)が見える。


佐念モーヤは村指定の有形文化財で、道路際に案内が建っている。

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佐念モーヤは奄美・沖縄の最も古い墓の代表であると言われ、花を供えたり線香立を作ったりして集落全体で世話をしているという。先祖の遺骨とも、無縁仏の遺骨を集めたものとも言われているそうだ。明治中期までは現在よりももっと大きかったという。

モーヤというのは他にも遺されているが、この佐念モーヤが一番有名なようである。

 

『大奄美史』(昇曙夢)には、
奄美諸島の古代の葬制は琉球と同様で、南島一帯で風葬が行われていたらしい

とあり、その後人が増えて集団生活をするようになると、

風葬時代は死体を日光に曝すのを避けて、最初蓆に包んで山奥や藪陰に放棄したのが、後には洞窟に納めるようになり、更には棺桶に入れるようになって、最後に棺桶の上にモーヤ(喪屋)という木柵をめぐらした仮小屋を建てるまでに発達した。」と書いている。

モーヤとは喪屋のことらしい。

 

別の側には、崖のそばに石棺が置かれていて半ば放置されているが、こちらの方は何なのか分からない。

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