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「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

村の文化財・弁財天石像と寄進塔がある厳島神社(宇検)

宇検集落外れの海沿いの、道路から一段高い山裾に厳島神社がある。

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社殿は横向きで、集落に背を向けて焼内湾の方角に向かって建っている。

道路脇にある朱色の鳥居には横書きで「厳島神社」、左右には「航海安全」「子孫繁栄」とあり、ちょっと観光地風で大島では珍しい。

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鳥居のそばに宇検村教育委員会の説明がある。

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説明がわかりやすいのでそのまま書き出してみる。
辯才天石像・奇進搭(村指定有形文化財)
宇検集落には、島津藩時代の間切役所の敷地跡地が残っています。宇検集落は屋喜内間切の中心地として長い間政治が行われていた場所です。厳島神社の祭壇には、辯才天石像が安置され、社殿前に奇進搭が建てられています。宇検集落では昔から厳島神社の事を「お寺」と呼んでいます。厳島神社に安置されている辯才天石像は間切役人が上国する時の海上安全等を祈願するため、碇家初代與人「佐渡知」によって安置されたものです。また、寄進搭には、建立年号が元禄15年(1702)年と刻まれています。厳島神社は、碇家と集落住民によって、今でも大切に保存されています。海上交通安全祈願の他、財宝、幸福、子孫繁栄をもたらす神として信仰されています。

島役人が上国するときの航海安全を祈る弁財天信仰が起源になっているのは、大島の厳島神社の典型的な1つのパターンである。

 

社殿はこじんまりとしていて、まだ新しそうだ。

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両側に石塔が2基。左の方は石灯籠の形をしている。

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右側は「奉寄進弁才天」、左は「天保四巳年就上国建立之・・」などと刻まれているのが読みとれる。天保四年は1833年で、右側の寄進搭は元禄十五年(1702)建立だから、右の方が130年以上も古いものということになる。


社殿の扉を開いてみる。中央に石像が祀られていて、これがご神体の弁財天のようだ。

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よく見ると右側にも小さな像があり、石造の背面には木彫りの板が横たわっている。