「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

弁財天御堂 (龍郷)

今井崎の方から南下してきて龍郷で集落内の道路に入る。昼時をだいぶ過ぎていて「何かないかな~」と思っていると、タイミングよく食料品のお店がある。店主さんはⅠターンの人らしく、愛加那さんや龍家のこと、島の観光や地域おこしのことなどいろいろ話をする。

すぐ先にお堂がある。あまり目立たない建物で、前に西郷南洲謫居跡を訪れたときに、この建物の前を通った筈なのだが全く記憶がない。

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これはブジティン(弁財天)の御堂で、お産の神であるとともに龍郷の守り神でもあるという。かつては武運長久を祈願する神様でもあり、太平洋戦争の頃からは厳島神社とも呼ばれているらしい。それにしては鳥居も何もないが。


中の坐像がブジティンの神様のようだ。どう見てもこれは仏像である。

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隣にある鐘がちょっと不思議で、寺にも神社にもあまり相応しくない。

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龍郷町誌によると、この釣鐘はツキガネといって、戦前の時計が普及していない時代に正午と午後4時にこの鐘をついて時を知らせていたという。大正年間にカトリックの神父の世話でドイツから輸入されたものだそうで、道理で教会にでもあった方が似合いそうだ。

 

この御堂の後ろ側は田畑家の墓地である。

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一家の祖先が祭られていて、愛加那のお墓もここにあるそうだ。
明治初年、龍郷にブジティンが祀られた頃に信仰崇拝していた人が、愛加那の兄に当たる富謙という人であったという。

 

※参考『龍郷町誌(歴史編)』『龍郷町誌(民俗編)』

※参照 西郷南洲流謫跡 (龍郷) - 「大奄美史」紀行

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