「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

蘇鉄、芭蕉の群生と海辺の教会 (安木屋場)

蘇鉄は奄美ではありふれた植物であるが、ここにある群生は圧巻で、一山全体が蘇鉄で埋め尽されているように見える。f:id:hn2784:20131004143414j:plain

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蘇鉄は奄美では食糧難のときに人々を飢餓から救った食料として知られている。
名越左源太の『南島雑話』にも、蘇鉄のことは詳しく紹介されている。

凶歳、飢饉となれば蘇鉄を食す。食製の次第は、先ず畠にて蘇鉄を切取、葉と爪(爪とは蘇鉄の鱗なり)とを切り去り、宿に持帰り割、ぢく(ぢくはしんなり)取り、脇を五分ばかり宛に藁切りにて、つかつか切るなり

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この後、どのように加工、調理して食するか、詳細かつ具体的に(図入りで)記されている。
また、「蘇鉄を蒸し菓子にす。至て宜し。蘇鉄の実は焼酎にして米の焼酎の上も立つべし。且垂り多しと云」とあり、菓子や酒の材料にもなったらしい。

 

安木屋場~円の道路わきの山肌には芭蕉が多く見られる。

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芭蕉は衣服の原料として利用されていた。

同じく『南島雑話』で、「芭蕉を織事は琉球、先島を初めとし、大島、徳ノ島、喜界島、沖永良部島に限ぎりたる名産にて、上製は越後などにも勝りて美しく、着すれば、涼しく軽く至てよろし。島中皆此服にして、家々の婦人手製困苦を尽せり。芭蕉製法、續織等の次第、図絵に顕して巨細に記す。其の便利なること一覧あるべし」と書き、これも豊富な図を使って詳細に書いている。

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ちなみに醜い娘のことを島の方言で「バシャ山」と言うらしく、醜い娘を嫁入りさせる際に、バショウの山を持参金として持たせたことから来ているという。


安木場屋の海辺の丘の上に、小さな教会がある。色合いと形がユニークで、ここだけ「おとぎの国」のようだ。

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