「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

秋名の琉球石垣

芦花部トンネルを抜けて龍郷町最初の集落が秋名。集落手前の県道からの分岐点の空地がちょっと賑やかで、枝ぶりのいい松の木の周りにいろいろ建っている。

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右側の石柱には「文化の里秋名」とある。その手前に観音様の坐像、昭和十年の秋名小学校卒業生が喜寿記念に寄進したものらしい。方向案内も大小2つある。

松の木を回り込むと、草の中に小さな石仏。

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形がちょっと変わっていてお地蔵様といっていいのかどうか、あいにく知識がなくてよくわからない。

伊東シズという人の歌碑も置かれている。この地の出身だろうか。

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集落に入って、左側のゆるやかな石段を登る。

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突き当りの林の中の高台に大きな石垣がある。

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石が隙間なく積み上げられていて傷みも見られない。高さは3メートル程だろうか、見上げる感じで、端から端まで相当の長さがある。

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奄美大島で旧家の石垣が保存されているのは何カ所か見たが、これだけ立派なのが残っているのを見るのは初めてだ。

門は少し開いているが、個人のお宅とのことで外から見るだけにする。

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この石垣は百数十年前に、嘉渡に住んでいた富豪「麻福演志衆」が秋名に別宅を建設した際に、沖縄から石工を呼んで積ませたといわれています。
珊瑚石を多角形に加工し、互いに噛み合うように隙間なく積んでいく独特の技法で、「相方積み」または「亀甲みだれ積み」と呼ばれています。
沖縄にある世界遺産「中城(なかぐすく)城跡」にも同じような石垣を見ることが出来ます。
なお、現在は伊東氏邸の石垣となっています。
  ~龍郷町HPより~

「麻福演志衆」とは、姓と名をどこで区切って読むのかむずかしいが、ネットで見るとこの屋敷は嘉永5年(1852)「麻福栄志」が建てたとある。

豪農だったというが、藩政期にこういう庶民とかけ離れた富裕層もあったというのは奄美史の別の一面のようだ。