読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

島尾敏雄旧居・文学碑 (名瀬)

奄美図書館で、旧図書館敷地内にあった島尾敏雄の記念碑が今はどこにあるのか聞いてみたところ、「元の図書館の場所にあります」とのこと。現在の図書館から徒歩で10分足らず、古田町の交差点から入って川を渡ったところで、すぐに見つかった。

f:id:hn2784:20140926164031j:plain

道路に面して「島尾敏雄旧居(旧官舎)」と書いた石碑があって横に案内板。
それによると「この建物は島尾氏が昭和40年から50年に指宿市に転居するまでの10年間を過ごした県立図書館奄美分館の分館長宿舎で、図書館移転の際に取り壊される予定であったが市の英断で保存され、NPO法人によって維持されている」とのこと。

これが宿舎の建物。

f:id:hn2784:20140926164044j:plain

当時としてはかなり近代的な住宅だったのではないだろうか。

 

宿舎の左側にあるのが、島尾敏雄文学碑。

f:id:hn2784:20140926164201j:plain

 

この碑は前の図書館敷地内にあったのを覚えている。

f:id:hn2784:20140926164135j:plain

 病める葦も
  折らず
 けぶる燈心も
  消さない
   島尾敏雄
これは島尾が書き残した色紙の句(「旧約聖書」第二イザヤ書の類句)だという。(島尾は昭和31年に名瀬聖心教会で洗礼を受けている)

 

島尾敏雄は昭和30年10月東京からミホ夫人の故郷奄美大島に移住してきた。33年4月県立図書館奄美分館設置に伴って分館長に任命されている。『名瀬だより』『日の移ろい』『死の棘』など多くの作品がここで執筆、出版されている。

島尾敏雄というと『出発は遂に訪れず』などで描かれる加計呂麻島呑之浦の印象が強烈であるが、呑之浦では10ケ月、10年後に再訪した名瀬では17年間近くを過ごしている。歴史家として「奄美郷土研究会」を発足させ、南島の視点から「ヤポネシア」の概念の提唱など、この地での功績も大きい。
(私が奄美に興味を持ったのも島尾敏雄の作品の影響が大きい)

 

こちらは現在の奄美図書館。

f:id:hn2784:20140926165521j:plain

館内の一角にある島尾敏雄のコーナー

f:id:hn2784:20140926162909j:plain

f:id:hn2784:20140926162716j:plain

コーナーというよりは1つの展示館のようになっている。

 


※参照 島尾敏雄文学碑 (呑之浦) - 「大奄美史」紀行