「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

厳島神社と弁才天像 (小湊)

小湊集落の外れまで来ると、先の方の山腹に赤い鳥居が見える。橋を渡って細い道を入っていく。
突き当りで車を停めて参道を登る。

f:id:hn2784:20140927102158j:plain

鳥居を過ぎてもきれいな参道が続く。階段の両側が舗装された斜面になっていて、車でも登れないことはなさそうだ。(対向車がきたら恐ろしいが・・)

f:id:hn2784:20140927102251j:plain

 

上まで行くと広場になっていて奥の方の高くなったところに社殿がある。

f:id:hn2784:20140927102424j:plain

右手に方に教育委員会の書いた文化財の案内。

f:id:hn2784:20140927102347j:plain

名瀬市指定文化財
1.名称 小湊・厳島神社の仏像および石灯籠
2.種別 有形文化財
3.指定年月日 昭和47年3月2日
4.指定理由
 (1)境内に現存する石灯籠は、昔、観音寺があったことを立証する唯一の資料である。
 (2)神社の神体である木彫の仏像は、奄美のどこにも見当たらない貴重なものである。 ~以下略~
  昭和54年3月之建 名瀬市教育委員会

この神社は当初は観音寺で、明治初期の廃仏毀釈で観音寺が廃止されて厳島神社になっている。

 

社殿は施錠されていて内部を見ることはできなかった。

f:id:hn2784:20140927102908j:plain

両側にある石灯籠と手水鉢は古そうだ。

 

右側の石灯籠。

f:id:hn2784:20140927102557j:plain

左側の手水鉢。

f:id:hn2784:20140927102643j:plain

どちらも文字はほとんど読み取れないが、下の広場右手に案内があり、石灯籠には「享保十六年辛寅五月吉日(1731)奉寄進石灯籠一基古見方与人貫悦」、手水鉢には「古見方与人覇人志」と記されているそうだ。
また実物は見ることはできなかったが、同じく案内によると、社殿の中の仏像は「弁才天と十六童子像」というもので、像を納めた木器に「寛政三年十月吉日(1791)奉再興大古見方筆子恒雲」と記されているという。
筆子(てつこ)とは間切の庶務をする役割の島役人だが、そういう人も仏像を寄進していたようだ。

ちなみに奄美市HPの文化財案内では、「十五童子弁財天像」とあり、なぜか童子の数が1つ違う。
確かに写真を見ても数えるのはむずかしそうだが、・・

f:id:hn2784:20140927103017j:plain


ここからさらに上の展望台へ。ルートは2つあって、比較的倒木や枯れ枝の少ない石段の方をを選択。

f:id:hn2784:20140927103400j:plain


100段ほど登ると上に展望台あり。眺めは素晴らしく登ってきた甲斐があった。
ここから小湊の集落が一望できる。

f:id:hn2784:20140927103638j:plain

右側の青い建物が奄美看護福祉専門学校で、その向こう側一帯に小湊フワガネク遺跡が広がっている。