「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

厳島神社 (大勝)

龍郷町役場の方から国道58号を南下、信号を右に入って山裾を大勝集落の方に向かう。国道58号の旧道で大勝、川内集落を通り、本茶峠を越えて名瀬浦上につながっている道路である。

 

大勝の集落入口辺りに厳島神社の大きな鳥居がある。

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参道の坂道を登っていくと樹木の切れ目から大勝の集落が見える。

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大勝は川内、中勝とともに海岸線を持たない数少ない集落である。龍郷町HPによると、「大勝の由来は元来、船を主な交通手段として海が村々を結んでいた頃には、内陸部にある集落には「徒歩」すなわち「徒(かち)」で行くことになるため、海岸線から大きく離れた「大きな徒(かち)」と呼ばれていたものが、後々に大勝となったと言われている」そうだ。

 

舗装された参道を登りきると、左にカーブする。尾根道を行くと社殿が見えてくる。

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反対側に回ると、こちらが拝殿の正面になっている。裏側から入ってきたことになるようだ。

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赤い柱と青い屋根が鮮やかで、かなり新しい。

 

拝殿正面に赤い鳥居。

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境内の寄付者名を書いたプレートがあり、そこに竣工は平成19年11月とある。道理で新しい筈だ。参道や境内もきれいに整備されている。

 

この厳島神社、前身は大木山神社で、集落の片隅にあったものを参拝者も増えるようにと、昭和18年に名瀬の高千穂神社から神官を招いてこの場所に移転したそうである。移転後、厳島神社と呼ばれるようになったが、祭神は女性(市杵姫?)で大木山神社のお産の神としての由来は受け継がれているという。

戦後は昭和47年に新築されたというから、これは3代目ということになる。

厳島神社は大島で一番多い神社で、多くは航海の安全を祈願するものが多いように思うが、これはちょっと変わっている。


元の道路に降りて、少し先を左折して集落の中に入る。

公民館や土俵のある広場を過ぎて、空地の先の方に看板が立っている。

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オキチモズク棲息の川」とあり、「オキチモズクは、環境省絶滅危惧種に指定した貴重な藻類です。種の保存のため「金川」の環境保護に努めましょう」などと書いている。

川を覗きこむが、知識もないのでどこに「オキチモズク」があるのかよく分からない。
広い階段があって水辺まで降りていけるようになっている。大勝には湧水が多く、この場所も日常生活の「洗い場」として使っていたらしい。

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この隣に「正亮寺」というお寺があると『龍郷町誌』に書いてあるが、周りを見回しても何もない。大島では寺院そのものを見かけることが珍しいので、見たいと思っていたのだが、今は空地になってしまっているようだ。

 

向いにあるのが、大勝カトリック教会。

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広い敷地内にこじんまりとした建物が建っている。

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建物に「大勝教会の歩み」と書いた案内がある。それによると、大勝への布教開始は名瀬宣教に遅れること2年、山口神父が瀬留に赴任した明治27年のことであるが、翌年山口神父が黙想会の帰途遭難死を遂げたため布教は中断した。65年後の昭和37年に仮聖堂奉献、紆余曲折を経て平成11年にこの教会が落成したとある。

 

※参考『龍郷町誌(民俗編)』

 

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