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「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

断崖の要塞・安脚場戦跡 その1

県道安脚場実久線の東端に安脚場戦跡公園の案内がある。安脚場の集落を迂回して、海岸に出てから堤防沿いの道路を行く。

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舗装された道路を登ると駐車場。ここから見る大島海峡の景色も美しい。

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さらに上の方に登る道がある。横に案内板。

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案内板の説明を読んでいると、何となくこの戦跡の歴史が分かってくる。
①大正10年頃に大島海峡防備の為、陸軍の要塞として構築された。
②太平洋戦争勃発後は海軍の施設として利用され拡張・再構築された。

太平洋戦争時には、潜水艦の侵入防御が大きな役割になっていたようだ。

陣地の構築には周辺の人たちも動員されたようで、古老からそういう話を聞いたことがある。

これが戦跡公園の全体図。上の方が太平洋側、左が大島海峡側だ。

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坂を上って最初にあるのが雨水を溜める貯水池。

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弾薬庫は山をくり抜いた洞窟のようなものを分厚いコンクリートで固めている。大正9年に構築されたものだという。

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入口は直撃を避けるためか鍵型に折れていて、左右対称に2つ並んでいる。

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公園の南端まで来る。ここに太平洋側を向いた砲台があって、半円形のコンクリート部分が砲台の防護壁の跡らしい。

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 ※2014/12/15写真差し替え

 

弾薬庫は別の場所(公園中央部)にもあり、こちらは手前が休憩スペースになっている。

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これも左右一対だが、先に見たような完全独立型ではなく、入り口の先で両方が繋がっている。

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***次回に続く***