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「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

油井のミャー

油井小中学校の横、道路沿いに油井集落の案内がある。

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この集落には史跡などがたくさんありそうだ。

 

案内板の背後に、小中学校の体育館の横を通る広い通路がある。

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ずっと奥の方に土俵の青いカバーが見えている。

 

途中には油井豊年踊りの案内がある。

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 油井豊年踊り  鹿児島県指定無形民俗文化財
指定年月日 昭和58年4月13日 所在地 鹿児島県大島郡瀬戸内町油井
「概要」奄美では豊年祭の行事が古くから又各地で行われているが、中でも油井集落に古式豊かな民俗芸能を今なお継承している。油井豊年祭はその名の通り稲作作業を終え豊年を神々に謝し祝う行事で旧暦八月十五日に行われる。ミシャク(米の粉を水で溶かした神酒)を神前(ミヤという広場の上手に自然石を置いて祀るイベガナシ)に供えて後に始まられる。豊年踊りは綱引きから始まり、振り出し(力士の土俵入り)、土俵払い、稲刈り、稲すり、米つき、力めし等収穫以後の諸作業を興味深く芸能化したものです。殊に観音翁の土俵見廻り」の如き神事的儀礼に近い芸能や「玉露加那」という短いストーリーの劇風の踊り等は、油井豊年踊りの特徴でもある。
由井豊年踊り保存会

すぐ隣にも豊年踊りの案内。こちらの方はカラー写真付きだ。

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油井の豊年踊りは稲作の過程を芸能化したもので、多彩な構成になっている。

諸鈍シバヤと並んで瀬戸内町を代表する民俗芸能である。

 

ミャーの中に入る。

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左側のガジュマルの樹に下がっている鐘は昭和2年の天皇行幸を記念して造られたものだ。その横にはアシャゲが建っている。土俵の向こうにはイビガナシと力石がある。

 ※参照 昭和天皇行幸 (6)大島海峡 - 「大奄美史」紀行


この建物はアシャゲ。

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加計呂麻側では多くの集落で見ることができるが、本島側ではそうそうお目にかかれない。まだ新しそうで、すっきりした形をしている。


左側ガジュマルの前にあるのが力石。

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丸い方はいかにもそれらしいが、右側の石はどうなのだろう。

力石の隣、ディゴの樹の前のコンクリートの台座の上に4つの自然石があり、これがイビガナシである。

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4つも並んでいるのは珍しいが、それぞれがノロやグジといった神役を表しているらしい。
右側から奥の方にカミミチが続いていて、神山に向かうノロが通る道だったそうだ。

 

ミャーから海の方を見る。樹のアーチが非常に美しい。

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