「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

友恵神社 (赤木名)

国道58号終点近く、赤木名の町に入る橋の手前を右に曲がる。すぐ先に神社がある。

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道路のすぐそばにあり、樹木も囲いもなくさびれた印象がする。鳥居などにも傷みが見られる。社名を表すものは何もないが、地図と見比べてみるとこれが友恵神社で間違いないようだ。

 

友恵神社は土地の旧家前島家の氏神で、祖先の医師前島友庵を祀っている。友庵は元禄4年(1691)の生まれで、土地の指導者であり、医師としても住民に尊敬される人物であったらしい。以前は墓だけで社殿もなかったが、一族の人の霊験を契機に墓の代わりに神社を建て、前島家の家紋三巴にちなんで、友恵神社と名付けたという。
※参考『奄美-自然・文化・社会』(九学会連合奄美調査委員会編)-「神社創建にみる奄美の特性」(薗田稔)

 

この友恵神社は与湾大親の墓所と伝えられることがあったらしい。『大奄美史』に「後の人与湾の冤罪を憐み、その旧跡に祠を建ててこれを祀り、その物語は永く島民の口碑に伝わった。今でも笠利村赤木名の入り口には与湾大親の墓があって、その後裔と称する同地の前島氏がこれを祀っている」とある。

『笠利町誌』ではこれを否定して「友庵(ゆあん)にたいする住民の尊敬の念が、与湾大親への思いと重なって同一人のように語り継がれるようになったもの」と書いている。

 

隣家から犬が顔を出している。神社を守っているのか。

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すぐ前をゆったりと前田川が流れる。

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