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「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

国指定史跡・宇宿貝塚(宇宿貝塚史跡公園)

県道のそばの台地上に立派な建物があるので以前から気になっていたが、今回初めて中に入ってみることにした。

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入場料は200円。近くにある歴史民俗資料館との共通券(\300)も勧められたが、時間の都合もあってとりあえずここだけにする。

館内にはいくつもの遺構がそのまま保存されている。何となく想像していたよりは、規模も大きく展示内容も充実していて期待を上回るものだ。

館員さんによると、この宇宿貝塚は、戦前に道路工事で露出した遺跡を京都帝大の三宅博士という人が発見、戦後になってから本格的な発掘調査が行われた。縄文時代弥生時代、グスク時代(首長割拠時代)などの遺跡が複合的に存在しているのが特徴であるという。

早速見て回る。

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手前の低くなっているところが縄文後期の石組住居址。右側の一段高い四角形の場所がグスク時代(12~13世紀)の文化圏で、周囲には石棺、石器。土器が出土している。

 

手前は縄文時代の土構、縄文人のゴミ捨て場で貝殻や魚の骨などたくさん入っていたという。

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奥の方の高くなったところは合葬された母子人骨が発掘された場所。母親は身長144cm、20代前半で、子供は新生児で難産のため母子ともに亡くなったらしいという。首の周りにはガラス玉のネックレスも出土していて高貴な女性らしい。母子埋葬の出土例はきわめて珍しいという。

 

宇宿貝塚の貝層Ⅰ

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下層式土器(縄文時代後期)と一緒に石、骨、貝などが堆積。貝は夜光貝シャコガイ、チョウセンサザエ、マガキガイなど。

宇宿貝塚の貝層Ⅱ

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貝は割って食べられている。一ヶ所に捨てられて貝層をなしている。こちらの説明には年代が書かれていないが貝層Ⅰより後の時代なのだろうか。

 

出土した石器や土器も陳列している。

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右が「深鉢」、左が「面縄東洞式と市来式の融合型式?」とある。

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外は広場になっていてこの一帯が発掘場所である。

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古くは現在の県道辺りまでが海だったというから、ここは海岸のすぐそばということになる。


宇宿貝塚は海岸砂丘の内縁に位置していて、標高13mの縦100m・横60mの台地面から周辺の低地へ広がっている。昭和8年に三宅宗悦氏が貝層を発見、昭和30年日本考古学会が発掘調査、昭和53年に笠利町による確認調査が行われる。南西諸島を代表する貝塚遺跡で、昭和61年10月国指定史跡に指定される。
縄文・弥生式土器とは異なる系統の土器が出土していて、上下に二分された土器は宇宿下層式と宇宿上層式に分類される。宇宿下層式は文様によりさらに細分化されるが何れも深鉢型平底で、宇宿上層式は無文で壺型丸底と深鉢型平底がある。宇宿下層式には縄文後期、宇宿上層式には弥生後期の土器が共伴している。
※『史跡公園パンフレット』『日本歴史地名体系』(平凡社)を参考

 

奄美空港のすぐ近くにあるので、飛行機の時間待ちをする人にはオススメのポイント。