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「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

東郷元帥上陸記念碑 (安脚場)

渡連方面から県道を下りて海岸に出る手前に安脚場戦跡公園の案内がある。戦跡公園へは集落を迂回して海岸沿いにいくようになっている。そのまま集落の方に進んでいくと「東郷元帥上陸の碑」の案内がある。何故か先端が上を向いている。

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その奥がミャーで公民館と土俵がある。

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土俵の向こうのブロック塀のそばに変わったものが見える。

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ガラスの容器のようなものを中心にして四方に棒を立てて縄を張っている。カミイシというらしい。石の代わりのようだが、なぜガラスなのか。


土俵の左側の小道を入り、樹木の間の石畳を海岸の方へ向かう。道はきれいに清掃されていてやや鬱蒼とした感じである。

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やがて視界が開けて、海の方を向いて碑が建っているところに出る。

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中央の大きな碑には「明治四十一年十月 東郷元帥御上陸跡」とある。

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左側にも小さな碑がある。

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上と下で石の色が違う。修復のために上の部分は後から継ぎ足したのだろうか。下の方の文字は少し読み取りにくいが、大きな碑と同じように書かれているようだ。

横に碑文がある。掠れていて読みにくい。
碑文
東郷平八郎提督明治四十一年(1908)十月この地に立つ
明治三十八年(1805)五月二十七日、日露戦争の
日本海戦においてわが国の連合艦隊司令長官
東郷提督(鹿児島市出身)は旗艦「三笠」にZ旗を掲げ
て将兵を鼓舞し世界海戦史上類のない大海戦で
勝利をおさめ日露戦争終結の緒をつくった。
その連合艦隊は国土防衛の拠点として注目さ○
大島海峡に入港、東郷元帥はこの安脚場に上陸
して○○の総指揮をとったという由緒のある地である。
後年、安脚場青年団長渡島武夫氏の発案により
男女青年が協力して旧碑を建てた。
ここに改めて「東郷元帥上陸記念碑」を再建して
世界平和を祈念する。
平成二年三月三十一日 瀬戸内町

これによると小さい方の碑は青年団が建てたもので、大きい方は瀬戸内町が平成2年にそれを再建したものである。小さい方の建造年は不明だが、痛み具合から相当古いことは確かだ。

安脚場砲台陣地構築が始まったのが大正9年というから、そのかなり前から大島海峡が戦略上の要地として注目されていたようだ。

上陸記念碑から海を見る。中央付近が海峡の出口。

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場所は変るが、こちらは横須賀の三笠公園。公園内には東郷元帥の銅像が建っている。

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後ろに見えるのが戦艦「三笠」、日露戦争時の連合艦隊の旗艦である。
第二次大戦後占領軍の命令で大砲やマスト、艦橋などが撤去されていたが、昭和36年に現在の姿に復元された。

上が艦橋。東郷元帥が立っていたところ。

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艦橋から前方を見る。

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側面の砲身。

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艦内から。

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翻る旭日旗。

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