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「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

島尾敏雄文学碑その2 (呑之浦)

***前回の続き***

 

島尾敏雄文学碑に戻る。

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正面左に「島尾さん、あなたの声は」と題する小川国夫の碑文があり、後方に島尾敏雄の5つの作品を刻んだプレートが円形に配置されている。

ここ呑之浦での特攻隊長としての極限状況下での戦争体験は、島尾文学の原点になっている。これらの作品は何れも加計呂麻島を舞台にしたものである。

 

『出発は遂に訪れず』

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一日半之あいだ死支度をしたあげく、八月十三日乃夕方防備隊の司令官から特攻戦発動之信令を受け取り、遂に最後乃日が来たことを知らされて、心にもからだにも死装束をまとったが、発進の合図がいっこうにかからぬまま足ぶみをしていたから、近づいてきた死は、はたとその歩みを止めた。
「出発は遂に訪れず」より 島尾ミホ
島尾ミホの書とあるが、達筆すぎてかなり読み取りづらいところがある。
この作品は島尾敏雄の代表作である。昭和20年8月13日夕方に特攻戦発動の信令を受け取り、発進の合図が来ないまま、15日の敗戦の日を迎えるまでの特攻隊長である主人公の心理を描いている。

 

『出孤島記』

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月のひかりを浴びて、自殺艇乗組員たちが。整備隊員や掌機雷兵の協力で、此の月夜の下の南海の果てを乗り行く自分の艇をみがいていた。
やがて各艇隊共整備の終了したことを届けて来た。
月も中央に昇った。
もう発進の下令を待つばかりだ。
不思議にこの世への執着を喪失してしまった。
 「出孤島記」より

『出発は遂に訪れず』と同様、呑之浦での戦争末期が舞台であるが、こちらは13日に発動の信令を受け取る少し前から、信令を受けて発進がないまま翌朝を迎えるまでのことが書かれている。
『出発は遂に訪れず』で「トエ」という名で登場したミホはここでは「N」になっている。


『島の果て』

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島の果て 島尾敏雄(自筆)
むかし、世界中が戦争をしていた頃のお話なのですが
トエは薔薇の中に住んでいたと言ってもよかったのです。と言うのは薔薇垣の葉だらけの、朽葉しきつめたお庭の中に、母屋と離れてポツンとトエの部屋がありました。ここカゲロウ島では薔薇の花が年がら年中咲きました。

メルヘン調の作品であるが、『出発は遂に訪れず』や『島の果て』と同様、呑之浦での戦争体験がベースになっている。作者とミホは「朔中尉」と「トエ」という名になっている。
島尾敏雄の自筆とあるが、ミホの字とはずいぶん違っていて、ペン習字のお手本のような整った字である。

 

発表時期は3作品の中では『島の果て』が一番早く(昭和23年)、『出孤島記』がその翌年、『出発は遂に訪れず』は昭和37年である。

 

***続く***