「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

大親神社(用安)

用安の大親神社には与湾大親を祀られている。

用安の集落から空港の方に行くと左に入る道がある。しばらく進むと三叉路に突き当たる。そこからは徒歩で参道を登っていく。

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参道とその外側は公園の遊歩道のようだ。
上の方は階段になっている。
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階段を登りきると境内奥に社殿が見える。

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この神社には鳥居がなく、また神社名もどこにも書かれていない。

社殿のガラス戸越しに正面奥の神棚が見える。中央の丸い鏡のように見えるのがご神体だろうか。

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社殿脇に手水鉢がある。前面の碑文から、昭和14年2月に地元の人から献納されたことが分かる。

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用安の海岸近くには古くから与湾大親の墓があり、明治の初めにその近くに小祠を建てて祀っていた。昭和12年に地元青年団が中心なり、氏神として祀るためにこの地に社殿を建てて、名瀬高千穂神社の神官の手で与湾大親の墓の洞窟から神霊を移したという。
※参考『奄美-自然・文化・社会』(九学会連合奄美調査委員会編)-「神社創建にみる奄美の特性」(薗田稔)

 

これは社殿周りの全景。樹木や生垣、花壇などきれいに配置されていて、参道も含めて日常的に手入れして維持されているようだ。

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神社から見下ろす海の風景。神社は集落からはやや離れたところにある。

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⇒参照:与湾大親ゆかりの史跡

 与湾大親の墓碑(ばしゃ山村) - 「大奄美史」紀行

 霊峰湯湾嶽に登る - 「大奄美史」紀行

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