「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

厳島神社 (西阿室)

西阿室小学校の右側から細い道を入っていくと、右側に立派な鳥居がある。秋葉権現が集落から離れた山の中腹にあるのに対して、厳島神社は人家に隣接している。
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厳島神社の社額があり柱には昭和十四年二月建立と刻まれている。参道に張り出した枝が見事だ。

 

石段を登るとすぐ上に二の鳥居。こちらも昭和十四年二月建立である。柱には「海軍大佐従五位勲三等江口松郎寄進」と書かれていて、軍人の寄進というのも時代を感じさせる。
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両側には狛犬が睨みを利かせている。本格的な狛犬で大島では珍しい。
阿形(上)と吽形(下)。
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社殿は鮮やかな朱塗りだ。
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神殿は山を背にして、千木は外削ぎ、堅魚木は5本を備えてこれも本格的だ。

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『奄美加計呂麻島のノロ祭祀』によると、伝承では江戸時代末期に伊東義右衛門(兄)と伊東義正(弟)の兄弟が広島から来て住みつき、ムラに神社がなかったので広島の厳島神社を伊東家の屋敷神としてお供してきたのが始まりという。昭和12年に新しい神様を勧請して祠を立てた。ご神体として小さな仏像があったという。

広島から来た人だから厳島神社を建てたというのは非常に分かりやすい。この辺りはテラヤマというが、仏像があったからテラなのだろうか。
旧9月9日には、厳島神社秋葉神社の両方で祭りがあるが、昔は厳島神社には65歳以上の女が、秋葉神社には65歳以上の男が中心になってお参りしたという。

 

境内からは松の木に少し遮られているが、西阿室の集落と海が見える。左の方が西阿室小学校の校舎。
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来る途中で小学校の校庭で先生と数人の子供たちが集まっているのを見たが、それが全校生徒のようだ。

 

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