「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

木慈の垣漁跡

 木慈集落東側の県道沿いの海岸に垣漁の跡が残されている。
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垣漁は満潮時に石垣内に入った魚を干潮時に捕まえるという漁法である。波は静かで潮が引いて海底が露出しているが、こういう地形が適しているのだろう。戦後もしばらくはこの漁法が行われていたようだ。

 

龍郷では平家漁法跡と名付けて史跡としている。口碑では遠見番をしていた平家の武将が退屈しのぎに思いついて始めた方法が大島に広まったと言われているらしいが、・・
  ⇒ 平家漁法跡 (瀬留) - 「大奄美史」紀行

 

近づいてみると結構たくさんの石を使っている。

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旧暦5月5日には伝統行事としてカキオコシ(修復)の作業を集落総出で(校区の小学生も参加して)行うという。かつては神女たちがオボツヤマに登ったというから宗教的な行事でもあったようだ。

 

この漁法は長崎県大分県、沖縄の石垣島下地島にも跡が残っていて、九州では石干見、沖縄では魚垣と呼ばれているそうだ。確かに原始的な漁法だから、地形などの条件さえ良ければどこにあってもおかしくない。

 

 

 

 

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