「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

アシャゲ一体型の刀禰屋 (薩川)

薩川集落は薩川湾の一番奥のデリキョンマ崎というちょっと変わった名前の岬の一番根元の部分にある。

実久に向かう県道から芝方面に分岐してすぐに薩川小学校がある。小学校の横から入っていくと、裏手の方にミャーがあって公民館とくっつくようにトネヤがある。

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公民館の反対側に庇が出ていて1坪ほどのスペースがある。
『奄美加計呂麻島のノロ祭祀』に「現在の建物は平成4年に作ったが、この時アシャゲをトネヤにくっつけて物置のようにした。それまではトネヤとアシャゲが並んでこの場所に建っていた」とある。庇の部分がアシャゲらしく、玄関を改造して雨除けにしているわけではないようだ。

 

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横から見ると庇の下に馬蹄形のものが見えるが、これはカマドだそうだ。他のアシャゲでは見たことがないが、祭祀に関係があるのか、単に便利だから置いてあるのかよく分からない。前の丸い石は力石で、力比べなどに使ったらしい。庇部分を除けば板囲いの典型的なトネヤである。

左の方に小さな札が張り付けられていて「薩川集落刀禰屋・平成四年九月吉日落成」と書かれている。トネヤが刀禰屋と漢字で書かれているのは初めて見た。
『大奄美史』に「トネは里の刀禰のことで、里の長を意味し、トネヤは刀禰屋で里の長の住宅を意味するから、・・」とあり、やはり刀禰屋と書くらしい。ただ、発音も意味も字も本土と同じだと言うのは出来すぎていてどうも腑に落ちない。(大先生に逆らうつもりはないが)他の図書で調べてみたが、語源にはいろいろな説があるようだ。