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「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

昭和天皇行幸 (3)御神山

 ***前回の続き***

 名瀬尋常高等小学校を出て御神山に登られる。
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この時満年齢でいえば26歳、猛暑のはずであるが、さすがに颯爽としておられる。

 

御神山入口の地図で、行幸広場の場所を確認して登ってみる。

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木立の間の小道を登る。

 しばらく行くと道が分かれていて分岐点に「横綱朝汐昇進記念碑」と刻まれた碑がある。

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大ちゃんと呼ばれた元大関朝汐ではなく、先代(三代目)の朝汐である。栃若の次の横綱で、徳之島出身である。筋肉質の体と胸毛で人気があった。私が小学生のころ巡業でやってきて、間近で見た記憶がある。

 

ここを左に曲がるとほどなく行幸広場に到着。

御神山からみた当時の名瀬町の全景。

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こちらは現在の名瀬の市街。(多分同一の場所から)

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山が少し突き出た感じで非常に眺望がいい。

 名瀬の町は多くの谷を背中につけて、海の方にひらけているが、町の中央のあたりに、ちょうど司令塔か展望台のように海岸に迫ってぐっとつき出た山嘴を持っている。その先端の丸く屹立したかっこうは巨大なけだものの肉趾を思わせる。町の人はそれをオガミ山と呼ぶ。年寄の発音をきけばウガンヤマときこえる。「拝み」ではなく「御神」という字を普通当てているがそれはこの島の人々が古くから依拠してきた信仰の中で欠くことのできない神聖な場所に一つであったようだ。

~ 『名瀬たより』(島尾敏雄)から ~

 

「御野点所記念碑」と書かれた碑がある。

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ここで休息しながら景色を眺められたと思うが、滞在時間はわずか5分。

 

この後徒歩で桟橋まで戻られ、上陸から僅か1時間15分後の2時55分に乗艦。午後4時には御召艦山城は古仁屋港に向けて出発する。

 

 

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