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「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

昭和天皇行幸 (2)名瀬小学校

***前回の続き***

 

天皇御一行は大島市廰を出て名瀬尋常高等小学校へ。御座所で校庭に集まった児童の奉迎を受ける。

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郡内二十九校五千名の児童による万歳三唱。

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こちらは現在の名瀬小学校。

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名瀬小学校は明治5年に名瀬郷校として設立、明治8年に名瀬小学校に改称する。その後、簡易小学校、尋常小学校/高等小学校、尋常高等小学校、国民学校の時代を経て昭和23年名瀬小学校になる。学校の沿革は、明治以降の大島の学制の歴史そのものである。

 

校庭でクラブ活動指導中の先生にお断りして、行幸記念碑の写真を撮らせてもらう。

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隣に「玉座之跡」と書かれた碑があり、小さな椅子状の岩がある。

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ここに座られたかのかどうか。何せ小学校の滞在時間がわずか5分である。

 

※名瀬小学校は後に奄美復帰運動発祥の地となるが、それについては別途取り上げたい。