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「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

昭和天皇行幸 (1)名瀬ご上陸

昭和2年の昭和天皇の大島行幸の足跡を辿ってみる。

これは先史時代から始まった『大奄美史』に書かれている最後の歴史的イベントである。

昭和二年八月六、七、八日は天皇陛下の行幸を仰いだ歴史的記念日として奄美島民の永遠に忘るべからざる光栄の日である。時あたかも八月初旬佐伯湾頭における海軍聨合艦隊の競技演習を統監せられるに当たり、大島の行幸を仰せ出だされ、盛夏猛暑の最中にもかかわらず行程幾百海里を遠しとせず、この辺○絶海の孤島に渡御せられ、しかも三日にわたって親しく民情を視察遊ばされたことは開闢以来初めてのこととて、二十万の島民は今更の如く皇恩のかたじけなさに感泣するばかりであった。
~ 大奄美史より ~

昭和天皇の皇位継承からまだ1年も経っていない時期であり、この文章もかなり力が入っている。
佐伯湾というのはあまり知られていないが、大分県南部の豊後水道に面していて、戦前は海軍の基地があったところである。日米開戦時、真珠湾攻撃に向かう空母機動部隊が、佐伯湾に一旦集結して山本五十六司令長官の視察を受けてから、バラバラに湾を離れて行ったという。

 

昭和天皇の名瀬での日程は以下の通り。
八月六日(土曜)
午後零時三十分 名瀬沖御着
同 一時十五分 艦載水雷艇ニ御乗艦(途中ボートに御移乗)
同 一時四十分 名瀬町假桟橋ヨリ御上陸
   (徒歩十分)
大島支廰 (二十五分)
  拝謁
  奏上
  物産御覧
  (徒歩五分)
名瀬尋常高等小学校(五分)
  成績品御覧
  萬歳三唱
  (徒歩十分)
大島支廰前公園(御神山)(五分)
   御展望
  (徒歩十五分)
 午後二時五十五分 名瀬町假桟橋ヨリ御乗艦
          途中艦載水雷艇ニ御移乗
同三時二十分  御帰艦
同四時     名瀬港御発
同七時     古仁屋港御入港
        古仁屋港御碇泊
  (八時~九時提灯行列)
  ~奄美大島行幸記念写真帳(鮫島新聞舗発行)から ~

ほとんど分刻みで、お気の毒なくらいの強行日程である。

 

名瀬上陸のようすである。

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画像はNDL近代デジタルライブラリーから(以下同じ)

水雷艇からボートに乗り換えて假桟橋に上陸されているが、ボートもかなり小さい。

 

上陸後支庁通りを徒歩で大島支廰へ。

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『大奄美史』によると、「市庁まで7町にわたる道路脇に坐した4万の民衆・・が」とある。7町というのは約750メートルほどで、ここを10分で歩かれたということは、結構早足である。

 

こちらは現在の大島支庁。

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