「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

高千穂神社(古仁屋)

当ブログ、笠利のアマンデーから始まってずっと大島の北部に留まっていたが、今回は一気に瀬戸内町古仁屋まで南下することにした。

 

古仁屋の高千穂神社は古仁屋小学校北側の高台にある。国道から少し入ったところに歴史を感じさせる立派な鳥居が建っている。
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柱には奉納昭和十七年と書かれている。

 

途中日清戦争の慰霊碑がある。太平洋戦争や日露戦争はよく見かけるが、日清戦争の慰霊碑は比較的珍しい。

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参道が続く。
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さらに参道を登っていくと真新しい鳥居と社殿が見えてきた。新築されたばかりである。
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鳥居手前の右側には石碑が並んでいる。正面一番高いのが御野点所の碑。
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これは高松宮寛仁親王殿下御上陸記念碑。
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堀った跡があり、移設したばかりのようだ。

「お手かけの松」と書かれた碑があるが、松はない。
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神社を見学しているとたまたま宮司さんが車でやってきていろいろ説明して頂く。

最初の神社は昭和33年の火事で焼け、今回新築したのが3代目とのこと。社務所で過去の神社の写真を見せて頂いた。
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初代(右側)のは昔の神社らしい落ち着いた雰囲気があり、貴重な写真である。

 

昭和天皇行幸碑は神社右上にあり。社殿脇から登っていく。
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古仁屋は今上天皇も来られており、皇族が来られることが多いそうだ。

 

高千穂神社という名称なので、宮崎県の高千穂神社から分祀されたものと思い込んでいたが、伺ってみるとそうではなく鹿児島の霧島神社から分祀されているとのことである。

入口の鳥居前に協賛金お願いの看板があって、神社の由来が書かれている。
古仁屋高千穂神社由来
祭神は、瓊瓊杵尊應神天皇の二柱です。
祭日は、旧暦毎月19日・・・月次祭
旧暦6月19日・・・六月灯
旧暦9月19日・・・例大祭(浜下り)
古仁屋高千穂神社は、享保20年(1735年)肥後原に創建されましたが、明治2年(1869年)古仁屋市街地東隅山腹に子祇を奉斎、後に現在地へ移転遷座し現在に至る。
当地では過去2回の昭和天皇行幸今上天皇行幸啓をはじめ、高松宮殿下や義宮殿下、秋篠宮殿下など度重なる行幸啓があり、多くの記念碑も建立されております。また奄美大島は外海離島では珍しく行幸啓が多く、この事は当地においても大きな誇りであります。

 

境内から古仁屋の街や大島海峡、加計呂麻島が見渡せる。
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素晴らしい景色であるが、宮司さんによると前の樹が枯れて結果的に見えるようになったので、見晴らしのいいのは必ずしも嬉しいことではないとのこと。

 

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