「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

アンゼラスの鐘 (大笠利教会)

 教会関連の史跡の紹介が続いているのでもう1つ。

笠利集落手前の丘の上のT字路になったところに、一際目立つ高くそびえる大笠利教会の建物がある。

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入り口には「大笠利聖ミカエルカトリック教会」とある。横に十字架の形をした塔があり鐘が下がっているのが見える。これが「アンゼラスの鐘」である。

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手前に碑がある。

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大笠利の「アンゼラスの鐘」
―半世紀ぶりに里帰りした「鐘」の略歴―
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以下に「おいたち」「鐘の出生地」「鐘の銘」「鐘の洗礼」「受難(昭和の迫害)」「鐘競売に付さる」「鐘は宮崎へ疎開」「浦和へ」「嘆願書」「里帰り」の各項目に分けてこの鐘の由来が詳細に書かれている。それによると、この鐘は大笠利教会創立二十五周年を記念してフランスから取り寄せたもので、1926年作製、パリのモンマルトルの世界最大の鐘とは兄弟分だそうだ。

 長くなるので、名瀬聖心教会のホームページで紹介されている文章を引用する。
昭和初期、平和であった奄美でも異国の宗教への迫害がおこり、宣教師は全員島外追放されて、大笠利教会のアンゼラスの鐘もいつの間にか姿を消していた。
鐘は心ある人の手に渡り疎開して終戦を迎えたのだが、奄美は当時、米国支配下にあったため浦和教会の鐘として復活。
そして昭和59年、人々の善意により、ようやく浦和教会から奄美の故郷へ半世紀ぶりの里帰りを果たした。
大島の教会の受難と復活の歴史を象徴する話である。