「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

フェリエ神父胸像 (名瀬聖心教会)

 名瀬市街を散策していると立派な教会があったので、何気なく中を見るとフェリエ神父と書かれた胸像が目に付いた。教会の門はオープンになっていたので、中に入って写真を撮影させてもらう。
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台座には「ヘルナルド・フェリエ神父」、またその下には、

もし一粒の麦が地に落ちて死なないならただ一つのまま残る

しかし死ねば多くの実を結ぶ

ヨハネ一二の二四)

と聖書のことばが口語体で書かれている。

 

この教会はカトリック名瀬聖心(みこころ)教会である。

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フェリエ神父胸像
1892年に伝えられたカトリックは、この地に初めて西洋文化をもたらしたともいえる。
フェリエ神父は奄美の最初の使徒として、名瀬聖心教会にその胸像がある。
 ~名瀬聖心教会ホームページより~

 

昇曙夢はフェリエ神父の功績を高く評価していて、『大奄美史』で破格の7ページにわたって紹介している。

大島におけるカトリック教の弘布は、明治十四年(1881)フランスの外国布教団から長崎に派遣された宣教師フェリエ師が、同二十四年(1891)の末大島伝統の目的を以て、名瀬に渡来した時に始まる。爾来師は名瀬を根拠として、三方、龍郷、笠利等主として大島の北部地方に伝道網を敷いて、熱心に布教した。
 ~大奄美史から~

確かに現在でも車を走らせていて目にとまるような大きな教会は、大笠利や瀬留など北部に集中しているようだ。

また、宣教師としてだけでなく昆虫学の分野でも貢献があり、江崎悌三氏の「奄美大島の概観」の中の文章を紹介している。

「ジー・ビー・フェリエはフランスから来た天主教の宣教師で、長く奄美大島に滞留して昆虫や植物学を採集し、故国へ送った。今日奄美大島の昆虫に関する知見のうち最も重要なるものは彼の送った甲虫に基づく研究であり、この島の昆虫相の調査はまず彼によって開拓せられたといって過言ではない」

~ 同 ~

フェリエ神父は奄美大島を去るにあたって、所蔵していた標本を全て名瀬尋常小学校に寄付していったそうである。奄美市指定希少野生動物の中に「フェリエベニボシカミキリ」というのがあるがフェリエ神父の功績と関連がありそうだ。