「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

群倉 (大和浜)

トンネルを抜けて、大和村役場のあるところから県道をさらに2~300メートル先に行ったところの道路そばに高倉がかたまって建っている。

群倉と書いて「ぼれぐら」と読むそうだ。
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案内板がある。

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高倉について
高倉は主に穀類を貯蔵するための倉庫です。
1.この高倉の特徴は奄美独特の建築物で建築史上の変わり種と言われ
(1)金釘を一本も使用していない。
(2)柱はかんなで削り上げているので足掛かりがなく[ねずみ]が登れない。
(3)風通しがよいので[貯蔵物]の保ちがよい。
(4)大風のときは揺れるけれども倒れ難い。
(5)火災のときは下部の貫木をはずすと容易に倒すことができる。
2.高倉の建築様式は明らかにされていないが[南島雑話伝説]や[おもろ双紙]にも記されているくらいだから、相当古くからあったようで一説によれば神話時代の稲倉と同形式とも言われている。
また室町時代南方と盛んな頃に南洋から琉球を経て伝わったとも言われています。
八丈島にも奄美とよくにた高倉が現存しているとのことであるから黒潮文化圏として南洋から伝来したものと思われます。
3.この高倉の集まりを通称[群倉]と呼び、それは
(1)人家から離れて火事の災害から逃れ
(2)耕地近くで作業場としての使用と
(3)収穫物の運搬収納に近い場所として
農家の生活の知恵から生まれたものと言われ現在では奄美群島で昔のままの姿で残されているのが、この大和浜の群倉であります。

こういう建物は、今では限られた場所で保存、再建されているものしか残っていないようだ。

一見すると上が重くて不安定なようだが、いろいろ工夫が凝らされていて丈夫な構造らしい。モミやソテツの実、サトウキビの保存に使用されていた。また下部は雨や炎天下の作業場、農具の物置として使われていたという。

 

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