「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

高千穂神社 (井根町)

 屋仁通りから地図を頼りに左折して、2回ほど道を聞いてようやく高千穂神社に辿り着く。住宅街のすぐそばに大きな鳥居と広い石段がある。
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階段を登っていくと、参道中ほどに少し広くなったところがあり、丸田兼義翁頌徳碑が建っている。
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さらに石段の上に、二の鳥居。こちらは神明系の鳥居だ。
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柱には、「奉納昭和御大典記念」とあるので、昭和3年に奉納されたものらしい。

境内は広く正面の高いところに拝殿がある。まだ新しい。

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この神社は大島の神社の中では規模が最も大きいようだ。初詣や祭礼などにはたくさん人が集まりそうで、境内の雰囲気も本土の大きめの神社に似ている。

境内の入り口に案内がある。
高千穂神社のご案内
鎮座地  鹿児島県奄美市名瀬井根町十九番一号
祭神  瓊瓊杵尊 応神天皇 市杵島姫命
祭日   六月灯 7月の最後の土・日曜日
     例大祭 十一月三日(文化の日
由緒
当神社は明治二年六月に金久矢之脇に創建されました。明治二十年頃に現在地の名瀬井根町へ遷座され、近隣の高千穂神社五社および八幡神社を合祀しました。
昭和五年に建立された本殿や瓦葺きの拝殿等は老朽化のために、平成十一年に銅版葺きで改築されました。翌十二年には社務所も新しくなりました。平成十九年に塩浜町の山上の厳島神社(弁天様)を合祀しました。

 

以下は県神社庁のホームページから。
神社名:高千穗神社
神社名カナ:タカチホジンジャ
鎮座地:〒894-0024 奄美市名瀬井根町19-1
例祭日:九月第四日曜
旧社格:県社
神紋:裏菊
祭神
 瓊瓊杵尊(ニニギノニコト)
 彦火火出見尊ヒコホホデミノミコト
 応神天皇(オウジンテンノウ)
神事・芸能:
七月最終土曜・日曜~六月灯祭 境内の特設舞台で日舞島唄など数々の奉納演芸があり、市民の人々で賑わう夏の夜の祭典。
由緒:
明治二年六月に金久・矢之脇に村社として創建された。
明治二十年頃松野松右衛門翁のご奉仕により現在の井根に遷座され、近隣の高千穂神社五社(赤木名方外金久・笠利方手花部・瀬名方浦・龍郷方龍郷・古見方小湊)及び八幡神社を合祀した。
昭和五年二月丸田兼義翁のご尽力により瓦葺きの本殿・拝殿が完成し、神明鳥居や勾玉の池もその頃の奉仕作業によってできたものである。昭和十年五月に県社に昇格した。
平成十一年八月に新しく銅版葺きの本殿・幣殿・拝殿が全国の氏子・崇敬者のご奉賛により落成した。

 
内容はほぼ同じだが御祭神が異なっている。境内案内に「平成十九年に厳島神社を合祀」とあるので、市杵島姫命はその時から御祭神になったのだろう。

 

『大奄美史』では、廃仏棄釈が薩藩では他藩よりも徹底的に行われ、

「明治二年(1869年)には島内に高千穂神社を各方限に一社ずつ計十三社建立して神社崇拝を強調した」

とある。

明治二十年、井根町に遷座されたときに5社が合祀されているから、現在の奄美市笠利町、旧名瀬市龍郷町にはこの1社しか残っていないということだ。

後の7社が今どうなっているかも探ってみたい・・・

 

 

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