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「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

名越左源太 居住地跡 (小宿)

 薩摩藩のお家騒動から大島に遠島になった名越左源太の住んでいた跡が小宿というところにあるという。名越左源太は「南島雑話」の著者として有名である。

奄美博物館で名越左源太の場所をを尋ねてみる。正確な場所は分からないが一度行ったことがあるとのことで、その時の記憶で教えてくれる。小宿の団地のあるところを曲がるとのこと。

小宿に入って迷う。家並みのある通りを過ぎたところで軒越しに尋ねると40メートルくらいもどったところだという。

住宅街の中、ブロック塀の上から案内板が出ている。
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名越佐源太流刑中の居住の跡
嘉永二年、島津斉興の正妻の子斉彬、妾腹の子久光とのあいだで相続争いの事件で二派に分かれて争った、お由良(妾)騒動で高崎五良左エ門ら十四名切腹を命ぜられたため、高崎崩れという。退役謹慎十四名、遠島九名中の一人名越佐源太が大島名瀬方小宿藤由記宅に嘉永三年五月八日から安政二年四月二日まで約五カ年間居住して、小宿の子弟に読書や学問を教えその感化を授けた地である。
社団法人大島青年会議所

 

建物などはないが、ブロック塀と樹木に囲まれていて中はきれいに手入れされている。
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井戸跡のようなものが見える。
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名越左源太は『南島雑話』の著者である。『大奄美史』では、「『南島雑話』は大島の諸制度をはじめ、人情風俗・日常生活・自然界等をあまねく観察記述したもので、貴重な資料であると共に誠に得がたい稀観本である。と言い、名越左源太については、「若い頃から文武両道の教養深く、かたわら医術を修め、和歌・書道・絵画をよくし、かねて本草学にも精通していた」「多芸多能、趣味豊か」「品性高潔、意思堅固」など、人物について絶賛している。