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「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

行盛神社 (戸口)

奄美にやってきた平家三武将の一人、平行盛を祀る行盛神社へ。

国道58号から分岐、南下して5分ほどで戸口。集落は結構大きく一番奥の方に行盛神社がある。
入り口に立派な赤い鳥居がある。
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右側の碑には、
  佐馬頭平朝臣
  平行盛神社
と黄金色で書かれている。
また手前の碑文から、この鳥居は戸口小学校の昭和二十七年度の卒業生が奉納したものと分かる。

 

赤い鳥居をくぐって石段を上ると境内入り口にも立派な鳥居がある。
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下の鳥居が神明系であるのに対して、こちらは明神系。

 

境内は雑草が取り払われて広々としている。奥に社殿が見える。
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有盛神社は木造でやさしい雰囲気があるが、こちらはコンクリート製で一段高いところにあって少し威圧的な感じである。

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社殿右に案内板がある。
行盛神社
1185年、壇ノ浦の戦に敗れた平家の一族は南島に落ちのびたと言われている。そのうち、資盛、有盛、行盛の三大将は大島を攻め征服した。そして、資盛は諸鈍に、有盛は浦上に、行盛は戸口に城を築き、それぞれ敵の襲来を警戒したと伝えられている。
その行盛公は、地域の方々に農業(特に稲作の普及)と漁獲方法を教え、そして学問は特に倫理と道徳を教えた方として尊敬されここに祭られている。
龍郷町

 

有盛神社とは異なり神殿が独立している。
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千木は外削ぎ、堅魚木は5本。

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