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「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

平家漁法跡 (瀬留)

平家漁法跡は龍郷の「歴史とロマンの散歩道」の7番目の史跡になっている。
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石垣を積んで満潮時に中に入った魚を、干潮時に捕まえるという素朴な漁法である。
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行盛神社境内の案内には、
行盛公は、地域の方々に農業(特に稲作の普及)と漁獲方法を教え」あるが、これがその漁獲方法だろうか。ちょっと眉唾ものであるが、それくらい古くからある漁法ということなのだろう。

 

口碑によれば、行盛の臣今井権太夫と蒲生左衛門は遠見番として何事もなく日を過ごしたが、余りの徒然さに、干潟に石を畳んで垣を繞らし、満潮とともに上って来る魚をその中に閉じ込め、潮の引いた時に捕える方法を考え出して、毎日漁獲を楽しみにしていた。・・・・

大島で魚を捕獲する石垣はこの時から始まったもので、これがその後広く行われて今日に至ったということである。

 ~大奄美史より~

 

加計呂麻島の木慈の海岸でも同じようなものを見たが、こちらは単に垣漁跡と呼ばれている。

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