「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

西郷上陸の地・西郷松 (阿丹崎)

龍郷湾に沿って北上、湾が一番狭くなったところが西郷翁上陸の地。記念碑が建っている。
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後ろの民家ではみやげ物を売っているようだ。

 

右側に西郷松。幹の下部だけが残り見事に腰掛(切株)状態になっている。
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碑文
1859年正月この松の木にともづなを結びつけた薩摩藩の黒糖積船、福徳丸から巨大な人物が船員達に手伝われて上陸した。
この人が即ち菊地源吾と変名した西郷南洲であった。
それ以来、村人達はこの松を西郷松とよぶようになった。

龍郷町役場のホームページによると、
町指定文化財記念物
西郷松
歴史を見守ってきた幹回り約4メートルの老松は、病気や塩害、白アリによる被害によって、平成23年6月に「立ち枯れ」と診断されました。
現在は、枝が全て切り落とされ、幹の部分が残っています。
とあるが、その時の写真でもまだ5~6メートル以上の高さがあるので、その後さらに切り落とされたらしい。いつまで史跡として残るのか甚だ心もとない。
http://www.town.tatsugo.lg.jp/kankou_bunka/sizen_siseki_meisyo/saigoumatsu.html

 

安政の大獄による弾圧を受けて僧月照とともに京都から鹿児島に帰った西郷は、佐幕派の追及に万策尽きて月照と入水自殺する。蘇生した西郷は斉興公の裁量により菊池源吾と変名のうえ大島に潜居を命ぜられる。
西郷が命を受けて錦江湾頭を解續したのは安政五年十二月三十日であったが、山川港に数日の潮がかりをした上、潜居の地たる大島の竜郷村に着いたのは翌年の正月十二日、彼が三十三歳の時であった。
~大奄美史より~