読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

4本柱が太い平田(へだ)集落のアシャゲ

平田神社のすぐ先が平田集落。集落の中心には土俵とアシャゲが並んでいる。 手前にある土俵は大きくて立派な屋根つきのものである。 よく見ると天井には蛍光灯やスポットライトなどの照明設備もある。八月踊りのときなどに使うのだろうか。 隣にあるアシャゲ…

平田神社と行幸記念碑 (平田)

宇検村の焼内湾南側沿岸を西の方に進む。前に佐念モーヤのある佐念集落までは来たことがあるがそこから先は初めてである。地図をみると、平田、阿室、屋鈍と3つの集落が海岸に沿って点在している。 佐念を過ぎてしばらく行くと、タエン浜という海水浴場を通…

150年前の白糖工場の石塀(須古)

県道そばにある須古集落の案内板に白糖工場の石塀のことが書かれている。地図を頼りに集落内に入ると、左奥の方の道路右側にそれらしいものが見つかる。 民家の塀として再利用されているようである。1つ1つはかなり大きくて、ブロック塀などと比べるとずっし…

赤尾木送受信所の無線塔

赤尾木集落の背後の丘にちょっと変わった煙突のようなものがある。農道を通って周囲を1周してみた。 1つは蔦?のようなものがびっしりと貼りついていて、曇り空のせいか黒っぽく見えている。 近くまで行けるところはないかと探してみたが、灌木が深くて到…

赤木名観音堂跡(名瀬永田墓地)

永田墓地に赤木名観音堂跡があるというので行ってみる。大島支所の橋の手前から入って行くが、墓地は広大でずっと奥の方まで続いていてどの辺にあるのか見当がつかない。管理人事務所(民家)の庭先にいる人に尋ねてみると、一旦家の中に入りしばらくして鎌…

干拓地跡に残るトンネル「とおしめ」 (浦)

以前に田畑佐文仁の業績を讃える「たぶくろの碑」が建っているとおしめ公園のことを書いたが、肝心の当時の「とおしめ」の跡が残っているのを見逃していた。 ※参照(過去記事)たぶくろの碑と浦の橋立 (浦) - 「大奄美史」紀行 今回そばを通ったので、あら…

奄美の神社(2) 高千穂神社

『大奄美史』(昇曙夢)には、奄美大島の神社についてほとんど書かれていない。神社というのは本土ではありふれたものだから、奄美大島史を語るうえで大して意味のないものと考えたのだろうか。社名が(多分)唯一出てくるのが高千穂神社で、廃仏棄釈に関連…

奄美の神社(1) 鳥居について

奄美大島を巡ってみて意外に思ったのが神社の多さです。このブログに載せているのを数えてみると55社ありました。いわゆる「グンギン」のような神社と呼んでいいのかどうか迷うものもありますが、ここでは数に入れています。時間がなかったり、場所が分から…

厳島神社(清水)

古仁屋の市街地から県道を東へ。海岸沿いに拡がった町(多分埋め立て地)を過ぎて、小さな岬を1つ越えると清水集落。集落の端の方の道路のそばに厳島神社がある。 鳥居から参道を通って社殿まで、県道に並行している。 一番奥に社殿がある。 正面に「厳島神…

海軍航空隊古仁屋基地跡の碑(須手)

古仁屋から小さな岬を回ってすぐ、海岸の方で大規模な工事が行われている。手前に須手公園という小さな公園がある。 公園の道路側、松の木陰のあまり目立たないところに海岸に背を向ける形で、碑が建っている。 碑には「海軍航空隊古仁屋基地跡」とあり、平…

厳島神社(阿鉄)

阿鉄集落は海に面した拡がりはほとんどなく、奥の方に向かう川の両側に人家が続いている。他の集落とはちょっと違う風情がある。 川沿いに集落を奥の方に進み、少し左に入って階段を登ったところに神社の鳥居がある。社額には厳島神社とある。 鳥居をくぐる…

ガジュマル並木の白浜海岸(白浜)

大島海峡側にある瀬戸内町の集落はほとんどが県道沿いにあるので、何回か通るうちにどの辺にどういう集落があるか大体覚えてしまう。ところがこの白浜集落は珍しく県道から大きくそれたところにあって、わざわざ行こうとしない限り通ることもない。というこ…

大島の西端・西古見の掩蓋式観測所跡

朝虎松の碑の前を通り、西古見集落を抜けると西古見橋と書かれた橋がある。 小さいが頑丈そうな橋で、昭和13年11月竣工とあるから軍事用に架けられた橋なのだろう。 しばらく行くと道路わきに兵舎跡。 樹木や草に囲まれて半ば隠れてしまっている。かなり大き…

金比羅神社 (西古見)

西古見には、前に奄美の鰹漁業の創始者「朝虎松の碑」を見に来たことがある。 ※参照(過去記事)朝虎松の碑 (西古見) - 「大奄美史」紀行 今回は県道から集落の中の道路に入ってみた。しばらく行くと赤い鳥居があって、まっすぐな長い階段が上の方に続いて…

むちゃ加那が流れ着いた浜 (青久)

玉石垣の前の浜を渡る。小さな川沿いこんもりとした丘の麓の少し高くなったところに石碑が建っている。 「むちゃかな之碑」と書かれていて、台座に碑文がある。 伝説むちゃかな之碑今から約二百年前江戸時代末期瀬戸内町生間から役人の欲望を拒否したばかり…

究極の限界集落を囲む玉石垣 (青久)

市から嘉徳方面に向かう峠道の途中から、青久の方へ降りる道がある。道路案内には「むちゃかなの碑 3.0km」と書いてある。以前にもここまでは来たことがあるのだが、降雨が続いた後だったせいかあまりの悪路に途中で引き返してしまった。今回は思い切ってウ…

平家見張所があったと伝えられる山間権現

山間(やんま)集落の先、道路から海に突き出た丘の頂上に向かって長い階段がある。白い手すりが新しい。 途中に鳥居があって山間権現の額が懸っている。 さらに先に行って倒木をくぐりぬけると、少し広くなったところに出て、石段の上に社殿がある。石段の…

集落入口の石抱きガジュマルと厳島神社 (山間)

山間集落の入口、道路と海岸の間の狭いところに大きく枝を張った木がある。 これが集落のシンボルで「石抱きガジュマル」というらしい。 根もとの部分が異様に太くなっているので、近寄ってみると、・・根がしっかりと岩を抱え込んでいる。 このガジュマルに…

龍郷公民館前の石碑と高倉

龍郷の中央公民館建物向いの芝生に胸像や石碑が並んでいる。背後には高倉もある。 手前の胸像は「泉二新熊先生像」、向こう側「金井正夫先生像」と書かれている。 泉二新熊(もとじしんぐま)は明治9年生れ中勝出身で、検事総長、大審院長を歴任、退官後は天…

たぶくろの碑と浦の橋立 (浦)

龍郷町役場の向かい側、三叉路近くの道路脇が少し小高くなっていて、とおしめ公園という小さな広場がある。 石畳を敷いた上に「たぶくろの碑」が建っている。 たぶくろの碑奄美の海と山を拓いた田畑佐文二為辰翁を偲んで 手前に碑文がある。 たぶくろの碑由…

仏像墓 (龍郷)

龍郷集落手前から山裾の道路に入る。要所要所に矢印の案内があって迷うことがないので助かる。 仏像墓への参道の入り口に教育委員会の案内板が建っている。 町指定文化財(建造物)仏像墓 指定年月日 昭和54年12月20日 所在地 龍郷 所有者 新垣常二等身大の…

マツノト遺跡と土盛海岸

喜子川遺跡から道路を挟んで斜め向かいに「マツノト遺跡」と書いた案内がある。 道路わきにあるがあまり目立たず、前に喜子川遺跡を見た時には、全く気付かなかった。 白い柱が1本建っているだけ。 特に案内文などはない。以下は『日本歴史地名大系(鹿児島…

厳島神社(須野)

須野集落のあやまる岬側の丘の上に厳島神社がある。 参道入り口の大きな社額を掲げた鳥居。三輪鳥居というのだろうか、両側に副柱がついたもので大島ではちょっと珍しい。 参道を登るとかなり広い境内(広場)があり、社殿はさらに石段を登った上にある。 石…

辺留グスク古墓 (辺留)

大笠利教会の斜め向かいから坂道を登る。台地上の畑の中を、海岸の方に向かって一本道が続いている。 この辺り一帯が辺留城(グスク)跡だという。 200メートルほど畑の中を進んだ突き当り。 手前に1つ墓碑があり奥のほうにもいくつかの碑が見えている。 白…

大島最北端・用岬の灯台 (用)

カメさんの像の少し先で道路は行き止まり。岬の上に灯台がある。 登り口は階段になっていてルートは整備されているようだが、随分高いところにあるように見える。風も強くちょっと迷うが、足元に「灯台まで5分」と書いた小さな案内がある。信用してとにかく…

大島最北端・龍宮伝説のモニュメント(用)

奄美大島最北端を目指して奄美空港からひたすら県道を北上する。大きくカーブして山の中に入っていく県道を離れて、さらに直進して北上。 2車線のきれいな舗装道路で右側に海岸を見ながら走る。車の往来もなくなってだんだん「北の果て」感が強まる。 1kmほ…

加計呂麻島の西端・山上の砲台陣地跡2(実久)

<前回の続き> 弾薬庫へ向かう途中に水の施設。。 安脚場戦跡にも同じようなものがあって天水槽と書かれていた。雨水溜めて浄化し、兵士に飲料水を供給するためのものだという。 その先に弾薬庫。これも安脚場と同じように入り口が2つ並んだ対称形だが、こ…

加計呂麻島の西端・山上の砲台陣地跡(実久)

加計呂麻戦跡シリーズの最後は実久の砲台陣地です。東シナ海に面した山の上にあります。 実久集落の一番奥にある兵舎跡。ここまでは前に来たことがある。 ※参照(過去記事) 実久の兵舎跡 - 「大奄美史」紀行 以前は集落の保育所として使われていたことがあ…

モン崎の旧日本軍陣地跡

加計呂麻戦跡シリーズ?の3つ目は、須古茂集落と阿多地集落の間のモン崎という岬の先端にある旧日本軍の陣地跡です。だんだんワイルドになってきます。 モン崎へ行く前に須古茂のミャー(広場)で休憩。ここは加計呂麻の中でも古いシマの姿を色濃く残している…

艦船給水ダム跡を再訪その2 (三浦)

***<前回の続き>*** もう一度堤防の上に戻り、右側からダムの側面に回り込む。藪の中に1辺が3~4メートルくらいの四角いコンクリートの台がある。 上に建造物は何も残っていないが、ダムの監視所のようなものがあったのだろうか。空からの偵察や攻撃を警戒…

艦船給水ダム跡を再訪(三浦)

前回に続いて加計呂麻の戦跡です。今回は三浦集落の先の山中にある旧日本海軍の艦船給水用ダム跡です。以前にも来たことがあり、その時は貯水池を眺めただけでしたが、今回はダムの取水口なども含めて全体を観察することができました。※参照(過去記事) 艦…

第十七震洋隊基地跡(三浦)

加計呂麻の戦跡調査の方々の一行に同行させてもらう機会があり、島内何カ所かの戦跡を回ることができました。自力ではなかなか難しいところばかりです。今回は三浦にある第十七震洋隊基地跡です。 俵集落と三浦集落の間の県道から海岸の方へ降りて行き、水産…

大和村にも奉安殿があった!(今里小中学校旧奉安殿)

大和村南西端の今里集落にある今里小中学校の校舎の後ろ、裏山の石垣との間に、旧奉安殿が残されている。 近づいてみると思ったより大きい。基壇の部分も広くてどっしりとしていて、高さもあって威圧される感じがある。 脇に説明がある。 今里小中学校旧奉安…

マテリアの滝とフォレストポリスの緋寒桜

緋寒桜関連をもう1つ。今回は大和村です。 フォレストポリスの桜がきれいだという話を聞いたので行ってみた。ルートを確認するために大和村役場に行くと、この日は定休日で事務所や店は無人だが入るのは自由だという。 大棚という集落の先から山の方に入る…

奄美桜マラソンに再挑戦

2月1日の奄美観光桜マラソン(第7回)に参加してきました。昨年に続いての連続参加です。 会場は太陽が丘総合運動公園です。 今年の参加者は過去最高で1906名、私のような島外参加者は396名だそうです。 今年一番楽しませてくれたランナーたちです。 コー…

本茶(ふんちゃ)峠の碑

前回に続いて本茶峠、今回は龍郷側。 峠を少し下ったところ、道路わきの小高い所に「本茶峠之碑」がある。 碑の下の方に「ふんちゃ峠」の歌詞。 ♪ふんちゃ峠を 東に越えりゃ 描かれたような 喜界が島が 波路遙かに 彼方に浮ぶ 夢の国かや 喜界が島は 歌詞は…

一村のウオーキングロードでお花見 (本茶峠)

桜が見ごろだという本茶峠を通ってみた。名瀬側から峠道に入るとすぐに道路わきに緋寒桜が咲いているのが見えてくる。1ヵ所に何10本もまとまって咲いているのではなく、カーブを曲がるごとに次々と切れ目なく数本~10数本の桜が現れる。 ※写真は1月末 交通量…

奄美の古い墓・佐念モーヤ 

佐念集落の少し先の道路際の墓地の一角に、モーヤと言われる墓がある。 屋根と柱だけの小屋の下に、サンゴ石が積み上げられている。 正面に回ると花が供えられていて、線香立てなども置かれている。日常的に供養されているようだ。 小さな隙間が空いていて、…

宇検村史跡マップ

このブログで紹介した大和村の史跡マップです。

石敢当を見つける(名柄)

名柄集落中心部の公民館近くの路傍で、石敢当と書いた小さな石を見つけた。 石敢当(石敢當)は中国から琉球を通じて伝わったという魔除けの石である。 奄美大島ではかなりありふれたものらしいが、なかなか見つけることができなかった。それらしき石は何度…

八幡神社(名柄)

名柄集落の背後の山裾にあるのが八幡神社。赤い鳥居が見える。 鳥居の先の崖の間を通って入って行く。 通路を抜けるとすぐ右の方にこじんまりとした社殿がある。内部は窺えない。 横にあるのはお墓のようだが形が少しおかしい。元は上に石が載っていたのだろ…

宇賀弁天像を祀る厳島神社と薩摩藩役人の代官墓(須古)

複雑に深く切れ込んだ焼内湾の一番奥に須古集落があり、湾に流れ込む河内川を少し遡った川べりの道路から、丘の上の神社が見える。脇の道に入るとすぐに鳥居がある。 階段を登っていくときれいに整備された境内に出て、先の方にまだ新しい社殿がある。 朱色…

農村小唄の碑(宇検)

厳島神社と道路を挟んで斜め向かい、海側の小高くなった芝地に農村小唄の碑が建っている。 右側に碑文がある。 島の情緒を素朴に歌いこんだ、この「農村小唄」の作詞は、昭和二十二年八月十五日、南海日日新聞社主催による奄美新民謡作詞歌集一位入選作で、…

村の文化財・弁財天石像と寄進塔がある厳島神社(宇検)

宇検集落外れの海沿いの、道路から一段高い山裾に厳島神社がある。 社殿は横向きで、集落に背を向けて焼内湾の方角に向かって建っている。 道路脇にある朱色の鳥居には横書きで「厳島神社」、左右には「航海安全」「子孫繁栄」とあり、ちょっと観光地風で大…

公民館の池の橋は中世の碇石(宇検)

集落の入口に近い方に宇検公民館があり、その奥の方が庭園風になっていて池が造られている。今は水が枯れている。 池の真ん中に角型の石の橋が架かっている。これが碇石である。 集落入口にあった観光案内版。 宇検の碇氏の本家に元々あった2個の内の一つで…

ちょっと変わったアシャゲと鐘のあるミャー(宇検)

高千穂神社から集落背後の遊歩道を通って反対側に降りたところに、キャンプ場にでもありそうなログハウス風の建物がある。ちょっと変わっているが、これがアシャゲらしい。 アシャゲはトネヤと共にノロの祭祀を行っていた場所である。加計呂麻島にはアシャゲ…

高千穂神社と火番小屋からの見晴し(宇検)

大和村今里から峠を越えて、海岸に突き当たったところが宇検村の宇検集落である。焼内湾とよばれる湾が深く内陸部まで切れ込んでいて、宇検村の各集落はその焼内湾の周囲の沿岸に点在している。宇検集落は湾出口に近い北岸の、静かな入江の奥にある。 集落入…

ブログのリニューアル(カテゴリーのメニューを作ってみた)

自分のブログはふだんはPCでしか見ませんが、スマホで見るとサイドバーがないためカテゴリーが表示されてなくて、ちょっと不便だなとずーっと思ってました。年末年始にかけて、ついでにPC版も合わせてささやかなリニューアルをしてみました。 ①カテゴリーを…

MENU(カテゴリ一覧)

(カテゴリー別記事一覧にリンクします)

大和村史跡マップ

このブログで紹介した大和村の史跡マップです。