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「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

赤尾木送受信所の3つ目の無線塔

赤尾木送受信所の無線塔は前にも見たのだが、その時は3基残っていることは知らずに2基を見ただけだった。今回は前回見逃していたもう1つの無線塔を見てきた。 ※参照(過去記事)赤尾木送受信所の無線塔 - 「大奄美史」紀行 屋入りトンネルを抜けて赤尾木三叉…

赤尾木送受信所の無線塔

赤尾木集落の背後の丘にちょっと変わった煙突のようなものがある。農道を通って周囲を1周してみた。 1つは蔦?のようなものがびっしりと貼りついていて、曇り空のせいか黒っぽく見えている。 近くまで行けるところはないかと探してみたが、灌木が深くて到…

干拓地跡に残るトンネル「とおしめ」 (浦)

以前に田畑佐文仁の業績を讃える「たぶくろの碑」が建っているとおしめ公園のことを書いたが、肝心の当時の「とおしめ」の跡が残っているのを見逃していた。 ※参照(過去記事)たぶくろの碑と浦の橋立 (浦) - 「大奄美史」紀行 今回そばを通ったので、あら…

龍郷公民館前の石碑と高倉

龍郷の中央公民館建物向いの芝生に胸像や石碑が並んでいる。背後には高倉もある。 手前の胸像は「泉二新熊先生像」、向こう側「金井正夫先生像」と書かれている。 泉二新熊(もとじしんぐま)は明治9年生れ中勝出身で、検事総長、大審院長を歴任、退官後は天…

たぶくろの碑と浦の橋立 (浦)

龍郷町役場の向かい側、三叉路近くの道路脇が少し小高くなっていて、とおしめ公園という小さな広場がある。 石畳を敷いた上に「たぶくろの碑」が建っている。 たぶくろの碑奄美の海と山を拓いた田畑佐文二為辰翁を偲んで 手前に碑文がある。 たぶくろの碑由…

仏像墓 (龍郷)

龍郷集落手前から山裾の道路に入る。要所要所に矢印の案内があって迷うことがないので助かる。 仏像墓への参道の入り口に教育委員会の案内板が建っている。 町指定文化財(建造物)仏像墓 指定年月日 昭和54年12月20日 所在地 龍郷 所有者 新垣常二等身大の…

本茶(ふんちゃ)峠の碑

前回に続いて本茶峠、今回は龍郷側。 峠を少し下ったところ、道路わきの小高い所に「本茶峠之碑」がある。 碑の下の方に「ふんちゃ峠」の歌詞。 ♪ふんちゃ峠を 東に越えりゃ 描かれたような 喜界が島が 波路遙かに 彼方に浮ぶ 夢の国かや 喜界が島は 歌詞は…

ブィジュ神父の墓 (瀬留)

前に瀬留カトリック教会へ行き、ブィジュ神父のことを知って墓地まで来たのだが、どれがブィジュ神父の墓か分からず、引き返してしまった。 ※参照 <a href="http://hn2784.hatenablog.com/entry/2014/09/17/145103" data-mce-href="http://hn2784.hatenab…

島のブルース歌碑(龍郷)と昭和38年のNHK紅白歌合戦

三沢あけみの唄う「島のブルース」は、昭和30年代後半の全国的な大ヒット曲で、三沢あけみの代表曲でもある。龍郷集落外れの県道と海に挟まれた緑地に歌碑が建っている。 龍郷湾をバックに碑が2つ並ぶ。 左が「島のブルース」の歌碑。 奄美なちかしゃ 蘇鉄の…

弁財天御堂 (龍郷)

今井崎の方から南下してきて龍郷で集落内の道路に入る。昼時をだいぶ過ぎていて「何かないかな~」と思っていると、タイミングよく食料品のお店がある。店主さんはⅠターンの人らしく、愛加那さんや龍家のこと、島の観光や地域おこしのことなどいろいろ話をす…

蘇鉄、芭蕉の群生と海辺の教会 (安木屋場)

蘇鉄は奄美ではありふれた植物であるが、ここにある群生は圧巻で、一山全体が蘇鉄で埋め尽されているように見える。 蘇鉄は奄美では食糧難のときに人々を飢餓から救った食料として知られている。名越左源太の『南島雑話』にも、蘇鉄のことは詳しく紹介されて…

平瀬マンカイ祭場 (秋名)

奄美パークに行くと、ホールの大画面で奄美の祭りのビデオがよく流されているが、その中で一番インパクトがあるのがこの平瀬マンカイだ。なかなか本物を観るのは大変なので、場所だけでも見ておくことにした。 厳島神社の手前から海岸に出る。漁港の左側を回…

厳島神社 (秋名)

集落内の細い道路を通り抜けて、海岸に出る手前の左の方、山裾の樹木に隠れるように秋名厳島神社がある。 10段ほどの石段を登るともう1つ鳥居。 境内はきれいに清掃されていて今も大切にされていることが伺える。 社殿はもう一段高いところ。 この神社、原…

秋名の琉球石垣

芦花部トンネルを抜けて龍郷町最初の集落が秋名。集落手前の県道からの分岐点の空地がちょっと賑やかで、枝ぶりのいい松の木の周りにいろいろ建っている。 右側の石柱には「文化の里秋名」とある。その手前に観音様の坐像、昭和十年の秋名小学校卒業生が喜寿…

厳島神社 (大勝)

龍郷町役場の方から国道58号を南下、信号を右に入って山裾を大勝集落の方に向かう。国道58号の旧道で大勝、川内集落を通り、本茶峠を越えて名瀬浦上につながっている道路である。 大勝の集落入口辺りに厳島神社の大きな鳥居がある。 参道の坂道を登っていく…

銅山坑道跡 (屋入)

特攻基地跡より少し国道寄りに、「銅山跡」と書いた案内があり、山の方に向かって道が伸びている。 途中何軒かの建物があり、観音像が建っていたりする。 建物の途切れたところから坂道を登っていくと少し広くなったところがあり、ここまでは数か月前にも来…

海軍特攻基地跡(屋入)

瀬留教会の前に「歴史とロマンの散歩道」という案内板があり、「ウィヒサマタ」「海軍特攻基地跡」「銅山跡」というのが、竜郷湾の東岸の屋入というところに重なるようにポイントされている。 竜郷湾の西岸は西郷南洲住居跡などいくつか名所があるが、東側は…

阿世知牧直之碑 (安木屋場)

龍郷の方から今井崎の峠を越えて海岸まで降りてくると、海を背にして石碑が建っている。 石碑には「島唄の名人 阿世知牧直の碑」とある。ベンチなどが置かれていて小さな公園のようになっている。建てられてそれほど日が経っていないようで、まだ新しくてき…

瀬留カトリック教会の聖堂と司祭館 (瀬留)

龍郷町役場前から県道に入って海岸に出る少し手前にカトリック教会がある。奥の方に歴史を感じさせるきれいな建物が見える。 左側が教会の聖堂で左奥が司祭館である。どちらも「国土の歴史的景観に寄与している」として、平成20年4月18日に有形文化財に指定…

龍郷町史跡マップ

このブログで紹介した龍郷町の史跡マップです。 より大きな地図で 龍郷町史跡 を表示 この後も随時更新していきます。

白糖工場跡 (瀬留)

龍郷町役場から龍郷湾に沿って北上してすぐ、瀬留という集落に白糖工場跡がある。 これは龍瀬地区「歴史とロマンの散歩道」のNo.6に指定されている。 木立に囲まれた区域が工場跡のようだ。 整備されてきれいになっているが、製糖工場跡を示すようなものは残…

行盛神社 (戸口)

奄美にやってきた平家三武将の一人、平行盛を祀る行盛神社へ。 国道58号から分岐、南下して5分ほどで戸口。集落は結構大きく一番奥の方に行盛神社がある。入り口に立派な赤い鳥居がある。右側の碑には、 佐馬頭平朝臣 平行盛神社と黄金色で書かれている。ま…

平家漁法跡 (瀬留)

平家漁法跡は龍郷の「歴史とロマンの散歩道」の7番目の史跡になっている。 石垣を積んで満潮時に中に入った魚を、干潮時に捕まえるという素朴な漁法である。 行盛神社境内の案内には、「行盛公は、地域の方々に農業(特に稲作の普及)と漁獲方法を教え」ある…

今井権現 (安木屋場)

近海の監視のために遠見番として笠利湾の安木屋場岬に配された今井権太夫を祀っているという今井権現に向かう。 南洲流謫跡を過ぎて旧道に入り道路案内の通りに尾根のような山道を行く。かなり狭いが話に聞いていたほどではなく、対向車さえなければほとんど…

西郷南洲流謫跡 (龍郷)

西郷松からさらに龍郷湾沿いに北上して、西郷南洲の謫居跡を訪ねる。 入口に門柱が建っていて周囲に生垣があり、中は庭園のようになっている。 阿丹崎に到着した西郷ははじめ美玉新行の空家に住んでいたが、その後小浜の郷士格龍家の離れ家に移転、2年8か…

西郷上陸の地・西郷松 (阿丹崎)

龍郷湾に沿って北上、湾が一番狭くなったところが西郷翁上陸の地。記念碑が建っている。後ろの民家ではみやげ物を売っているようだ。 右側に西郷松。幹の下部だけが残り見事に腰掛(切株)状態になっている。碑文1859年正月この松の木にともづなを結びつけた…