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「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

笠利

マツノト遺跡と土盛海岸

喜子川遺跡から道路を挟んで斜め向かいに「マツノト遺跡」と書いた案内がある。 道路わきにあるがあまり目立たず、前に喜子川遺跡を見た時には、全く気付かなかった。 白い柱が1本建っているだけ。 特に案内文などはない。以下は『日本歴史地名大系(鹿児島…

厳島神社(須野)

須野集落のあやまる岬側の丘の上に厳島神社がある。 参道入り口の大きな社額を掲げた鳥居。三輪鳥居というのだろうか、両側に副柱がついたもので大島ではちょっと珍しい。 参道を登るとかなり広い境内(広場)があり、社殿はさらに石段を登った上にある。 石…

辺留グスク古墓 (辺留)

大笠利教会の斜め向かいから坂道を登る。台地上の畑の中を、海岸の方に向かって一本道が続いている。 この辺り一帯が辺留城(グスク)跡だという。 200メートルほど畑の中を進んだ突き当り。 手前に1つ墓碑があり奥のほうにもいくつかの碑が見えている。 白…

大島最北端・用岬の灯台 (用)

カメさんの像の少し先で道路は行き止まり。岬の上に灯台がある。 登り口は階段になっていてルートは整備されているようだが、随分高いところにあるように見える。風も強くちょっと迷うが、足元に「灯台まで5分」と書いた小さな案内がある。信用してとにかく…

大島最北端・龍宮伝説のモニュメント(用)

奄美大島最北端を目指して奄美空港からひたすら県道を北上する。大きくカーブして山の中に入っていく県道を離れて、さらに直進して北上。 2車線のきれいな舗装道路で右側に海岸を見ながら走る。車の往来もなくなってだんだん「北の果て」感が強まる。 1kmほ…

あやまる第2貝塚/蘇鉄の群生 (須野)

歴史民俗資料館であやまる第2貝塚への行き方を教えてもらって、さらに奥の方(というか海岸方向)に進む。蘇鉄が目立ってきて、やがて「あやまる第2貝塚」と書かれた案内がある。 中に入っていくと「あやまるソテツジャングル」の案内。 昔、奄美大島にお…

田中一村写生の地 (笠利町歴史民俗資料館)その1

前に宇首貝塚史跡公園に行ったときに、歴史民俗資料館との共通入場券を勧められたが、その時は行けなかったので今回は予定のコースに入れておいた。 先ず館員さんに「田中一村写生の地」を聞くと、外に出て案内してくれる。 資料館の右手に芝生の広場がある…

赤木名のまち散策

赤木名でいくつかの史跡を巡ったあと、今度は街の中をぶらぶらと歩いてみることにした。 公民館に車を停めて県道に出る。 赤木名の表通りで道路はほぼ直線だ。両側には学校や役場(総合支所)など主要な施設がある。 通りに面して赤木名カトリック教会がある…

津代古道・赤木名口と前田川

国道58号から前田川南側の道路を川に沿って河口の方へ行く。大島北高のグランドの先に「道の島古道 津代-赤木名線」と書いた案内板がある。 津代古戦場跡で見たのと同じものだ。 ⇒参照 津代古戦場跡(手花部) - 「大奄美史」紀行 津代又という分岐点まで…

厳島神社 (赤木名)

赤木名市街の東側の山の麓に3つの神社がほぼ等間隔に並んでいるが、厳島神社は一番北側の海に近いところにある。車で行くと探すまでもなく、道路のすぐそばに赤い鳥居が建っている。 坂を少し登っていくと、5~6段の石段の上に赤い社殿がある。 石段途中に…

菅原神社 (赤木名)

赤木名のメインストリートから山の方を見上げると、中腹に社殿のあるのが見える。 山の方へ近づいていくと、坂道に入るところに大きな鳥居がある。「菅原神社」の社額が掲げられている。 鳥居をくぐって、途中から右側の階段を登る。階段の先に境内があり、…

友恵神社 (赤木名)

国道58号終点近く、赤木名の町に入る橋の手前を右に曲がる。すぐ先に神社がある。 道路のすぐそばにあり、樹木も囲いもなくさびれた印象がする。鳥居などにも傷みが見られる。社名を表すものは何もないが、地図と見比べてみるとこれが友恵神社で間違いないよ…

大屋神社 (用安)

集落背後の小高いところに白い鳥居が見えたので、行ってみることにした。狭い道を登り、鳥居の手前の何とか切り返せそうな場所を見つけて車をとめる。 鳥居の社額には「用安中城 大屋神社」と書かれている。「中城」は「なかぐすく」と読むのだろうか。「大…

薗家庭園 (用安)

用安から笠利湾の喜瀬方面へ向かう道路を少し入ったところに薗家庭園入口の案内がある。 しばらく行くと右に入る山道がある。途中降りてくる車とすれ違いのときに窓を開けて道が間違っていないことを確かめる。谷川沿いの道路を登っていくと、駐車スペースが…

かさんつるまつ顕彰碑 (大笠利)

アンジェラスの鐘のある大笠利教会のT字路を山手の方に入って行く。最初の交差点を右折したところに「詩人川上鶴松/かさんつるまつ顕彰碑」と刻まれた大きな碑が建っている。 川上鶴松は寛政3年(1791)大笠利に生まれた女流詩人で明治13年に世を去っている…

喜子川遺跡 (土盛)

宇宿貝塚から土盛集落を通過して北上していくと、県道脇山側の草地に喜子川遺跡の碑が建っている。 岩に嵌められたプレートに案内文。 喜子川遺跡(きしかわいせき)喜子川遺跡は1982年に発見され、当時南島でも古い遺跡に位置付けられました。発掘調査は学…

国指定史跡・宇宿貝塚(宇宿貝塚史跡公園)

県道のそばの台地上に立派な建物があるので以前から気になっていたが、今回初めて中に入ってみることにした。 入場料は200円。近くにある歴史民俗資料館との共通券(\300)も勧められたが、時間の都合もあってとりあえずここだけにする。 館内にはいくつもの…

城間トフル墓群(2)

****前回の続き**** 8号トフル墓からさらに先に進む。草原に屋根だけの小屋がいくつもあって、何だろうと思って近づいてみると、ヤギがくつろいでいる。 寝るときに中にはいるのだろうか。のどかな光景である。 地図によると直進すると7号トフル墓の筈だが、…

城間トフル墓群(1)

城間トフル墓は南西諸島に特徴的な墓制の北限にあるものだという。散策用のイラストマップを頼りに行ってみる。 城間集落の外れから県道を山側に入り、しばらく行くと案内があって、民家の庭の前を通った突き当りにそれらしいのがある。近づいてみると墓は2…

宇宿神社

泉家住宅で教えられた通り宇宿小学校に沿って回り込んでいくと、宇宿神社の大きな鳥居がある。元は小学校の場所にあったが学校が拡張されたときに、その外側に移転したとのこと。建て替えたときコンクリート製になって風情がなくなってしまったという。 鳥居…

泉家住宅 (宇宿)

旧笠利町宇宿は奄美空港から名瀬とは反対方向、車で5分もかからないところにある。県道沿いに民家が並んでいて商店や郵便局もある。地名からは宿場が連想されるが、元は「グスク」から「ウシク」に転訛したものだという。近辺に史跡の多い集落でもある。 今…

赤木名城跡

赤木名中学校の裏手に神社の鳥居があり社額には秋葉神社とある。 石段を登ると社殿がある。屋根に千木があるが、建物自体はあまり神社らしくない。 神社の奥の方に赤木名城跡の石碑。 この隣には以前に紹介した赤木名観音堂の碑がある。⇒赤木名観音堂の碑 - …

大親神社(用安)

用安の大親神社には与湾大親を祀られている。 用安の集落から空港の方に行くと左に入る道がある。しばらく進むと三叉路に突き当たる。そこからは徒歩で参道を登っていく。 参道とその外側は公園の遊歩道のようだ。上の方は階段になっている。 階段を登りきる…

与湾大親の墓碑(ばしゃ山村)

ばしゃやま村の駐車場の入口のところに与湾大親の墓碑がある。 「与湾大親之墓碑」と書かれた碑の両側にあるのは狛犬のようでもあるが、ここは神社ではないのでシーサーなのだろう。 両側に説明文があり、ほぼ同じ文章であるが左側の板製の方が古い。酋長与…

アンゼラスの鐘 (大笠利教会)

教会関連の史跡の紹介が続いているのでもう1つ。 笠利集落手前の丘の上のT字路になったところに、一際目立つ高くそびえる大笠利教会の建物がある。 入り口には「大笠利聖ミカエルカトリック教会」とある。横に十字架の形をした塔があり鐘が下がっているの…

笠利地区史跡マップ

このブログで紹介した笠利地区(奄美市笠利町)の史跡マップです。 より大きな地図で 笠利地区史跡 を表示 この後も随時更新していきます。

津代古戦場跡(手花部)

薩摩軍の琉球侵攻で最初に戦闘があったとされる津代古戦場跡に行く。 手花部から赤木名に向かう坂の手前で国道から外れて海岸沿いの細い道に入る。この辺りは深い入江になっているらしく、穏やかな海に面している。 しばらく何もないが小集落の先に案内があ…

蒲生神社(蒲生崎)

蒲生神社は、戸口に居城を構えた行盛の配下で、近海を監視するために屋仁崎に配された遠見番・蒲生左衛門を祭る神社である。 大島の最北端に近い用という集落から山に入り、反対側の海に出る。海岸線に沿って南下し、屋仁という集落を過ぎてしばらく行ったと…

赤木名観音堂の碑

赤木名中学校の裏の高台、秋葉神社の前を過ぎると赤木名グスクの碑と並んで赤木名観音堂の碑(右側)が建っている。 この碑は非常に古く文字は全く読み取れない。 手前に碑文がある。赤木名観音堂赤木名観音堂は延宝3年・1675年に建立され、文政2年・1819年…

笠利鶴松の碑(赤木名)

奄美市役所笠利総合支所で笠利鶴松の碑の場所を教えてもらう。あまみ商工会館の建物の前の道路わきに石碑がある。 比較的新しい石碑が2つ。1つは笠利鶴松の碑である。機 織りの母 笠利鶴松女史の碑 玉乳(たまじ)握(か)ちみれば 染だるより勝り 後ろ軽…

大島代官所跡(赤木名)

赤木名は藩政期、名瀬大熊と交互に何度も代官所(仮屋)が置かれたところである。 赤木名の町の中、県道の少し南側の通りに大島代官所跡ある。白地に黒い文字で「大島代官所跡」と書かれた角柱が建っている。 中は広い空き地になっている。町の行事にでも使…

大島奉行所跡 (笠利)

藩政期に大島支配の拠点となった奉行所跡を訪ねる。 奄美空港から県道を北へ。小高い丘のモダンな教会の横を過ぎてすぐ、笠利集落の手前から小道を少し入ったところに大島奉行所跡がある。 入口の案内板には、昭和46年町指定文化財琉球王朝から薩摩藩の直轄…

阿麻弥姑神社 (節田)

アマンデーの麓に位置する節田集落には天降二神を祀る阿麻弥姑神社がある。 国道から節田集落に入りしばらく行くと道路そばに神社がある。奥にある社殿も境内の右側に片寄っており、配置から見て道路を作るときに右側半分が削られたようだ。 脇に「奄美姑神…

もう一つのアマンデー(笠利)

阿麻弥姑天神の天降地はすぐ近くにもう一つある。 アマンデー入り口と書かれた防衛省専用道路まで戻ると、反対側に坂道があり上に鳥居が見える。 鳥居の手前に石碑がある。阿麻弥姑天神最初天降地「登り口」平成三年二月十八日史跡保存会一同 鳥居をくぐって…

阿麻美姑天神最初天降地の碑 (笠利アマンデー)

最初の記事は(最初に相応しく)大島開闢に関する史跡である。 奄美空港から南下して奄美パークを過ぎてすぐ、節子という集落から山の方に入っていく。右折する道路を探しながら何の目印もないままやがて山間に集落が見えてくる。たまたま通りかかった自転車…