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「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

亀津・高千穂神社(徳之島町)

徳之島の神社の中でも、一番格式が高そうな神社ですね。鳥居の下は、普通に車や人がの通る生活道路です。 二番目の鳥居から、かなり長い参道の石段を登ります。 ここは三十三聖地旧跡の三十三番拝所。亀徳から島を1周して、ここが最後の拝所です。札所巡りだ…

金毘羅さんも祀る亀津の秋葉神社 (徳之島町)

亀津市街地の北の方、山際の道路沿いに、秋葉神社の鳥居と参道の石段があります。 案内によると、この神社の場所に、文化元年(1804)に讃岐の金毘羅宮の祭神大物主命(おおものぬしのみこと)と崇徳天皇を勧請して神殿を建てたとの文献があるそうです。江戸…

亀津断髪の碑(亀津中学校)

大瀬川沿いの亀津中学校の校舎の前に、亀津断髪の碑(塔?)というのがあります。 亀津断髪と書かれていいます。昭和42年の卒業生が卒業記念として寄贈したそうです。まだほとんど傷んでなくて、真新しいように見えます。 断髪令(正式には散髪脱刀勝手令)が…

亀津安住寺跡と亀津学士村(徳之島町)

亀津安住寺跡は、亀津市街を見下ろす崖の上にあります。 徳之島最初の仏教系寺院で、徳之島の古記録「前録帳」には、元文元年(1738)に井之川に臨済宗安住寺が創建されて、全島民の宗旨が禅宗になったと書かれているそうです。安住時は延享元年(1744)に亀…

戸森の線刻画(西阿木名/天城町)

線刻画というのも珍しいので、ぜひ見てみたいと思っていました。メインの通り(県道)には何の案内もなく、かなり分かりづらかったのですが、脇道のようなところに入ってから、ようやく案内を見つけました。 樹木の間の細長い草地の中に小屋のようなものが建…

大和が沈んだのは徳之島沖?

<前回の続き> ところで、戦艦大和の慰霊塔がなぜ徳之島にあるのか、多少違和感があります。沈没地点は北緯30度43分東経128度04分で、地図上でみると徳之島が1番近いというわけでもありません。 どう見ても屋久島の西、徳之島から見るとかなり北の方になり…

戦艦大和慰霊塔(犬田布岬/伊仙町)

犬田布騒動記念碑から、さらに先の犬田布岬へ。突き当りの広い駐車場に着きます。駐車場から岬の先端に向かって遊歩道が延びています。 ここからはまだ、戦艦大和の慰霊塔は見えません。 遊歩道を歩くと、波の砕ける音がだんだん大きくなってきて、やがて左…

犬田布騒動記念碑(伊仙町)

県道から戦艦大和慰霊碑がある犬田布岬に行く途中に「犬田布騒動記念碑」があります。騒動の犠牲者の子孫、親戚が、100年祭を記念して昭和39年に建立したものだそうです。右側の石柱には「二十五番拝所」とあります。 記念碑からかなり離れた道路のそばに案…

天城(アマングスク)遺跡(阿権/伊仙町)

阿権川の谷に架かる橋を渡ってすぐ、県道そばに天城(アマングスク)遺跡があります。「町指定文化財史跡 アマングスク遺跡」と書かれています。 上の方の登っていくと柵に囲まれた草地があります。 岩が点在していますが、遺物が出土した場所と関係あるのか…

鹿浦小学校旧奉安殿(伊仙町)

旧奉安殿があるという鹿浦小学校へ。校門から見た限りでは奉安殿らしきものはありません。休日だったのですが、職員室におられた先生に声をかけて校舎背後にある奉安殿まで案内してもらいました。先生は郷土研究に詳しい方で、徳之島のことをいろいろお聞き…

泉重千代翁誕生地(伊仙町)

「長寿の道」を通って、長寿世界一泉重千代翁の像にやってきました。昭和57年に建てられています。 「翁」と呼ぶに相応しい風貌ですね。 慶応元年(1865年)6月29日生昭和40年 百歳で佐藤総理より表彰昭和51年1月17日 111歳で長寿日本一となる昭和54年6月 ギ…

カムイヤキ窯跡(阿三/伊仙町)

泉芳朗記念像からそのまま直進、途中工事中で舗装が途切れて、道幅は一気に狭くなります。道なりに行くとカムイヤキ遺跡の案内があり、サトウキビ畑のそばの土手の上に遺跡の碑があります。 1つは「鹿児島県指定文化財・史跡カムイヤキ遺跡」と書いた碑で、…

本土復帰の指導者・泉芳朗銅像 (伊仙町)

義名山神社から本通りに戻ってすぐ先に、泉芳朗頌徳記念像の案内があります。 あまり人影のないところですが、公園のようになっています。徳之島では、記念碑などは広い敷地に建っていることが多いです。 手前のパネルによると、泉芳朗氏は「復帰の父」と呼…

義名山神社(伊仙/伊仙町)

伊仙町役場で簡単なガイドマップを入手、町立歴史民俗資料館に寄ってから、台地の方に向かって整備したばかりのきれいな舗装道路を北上します。この辺りは海岸沿いよりも台地の方に史跡が集中しているようです。途中に二十七番拝所である義名山神社の案内が…

目手久八幡神社(伊仙町)

亀津市街をいったん後回しにして、今回から伊仙町です。 伊仙町役場のホームページを見ると「長寿・子宝の町」というのが強調されています。「長寿」は泉重千代さんですね。全国的に有名になりました。 もう1つの「子宝」の方は、トップページにこんなのがあ…

「秋徳湊の戦い」古戦場跡(亀徳/徳之島町)

亀徳港そばの道路わきに「秋徳湊の戦い」の案内板が建っています。建物の前にありますが、ほとんど目立たなくて油断していると見逃してしまいそうです。 他に関係する史跡があるわけでもなさそうなので、ちょっと長いですがそのまま書き写します。 「秋徳湊…

秋津神社(亀徳/徳之島町)

亀徳集落西側の高台に秋津神社があります。 社殿自体はこじんまりとしていますが、棟には千木、鰹木があり、石灯籠や注連縄もあって本格的なものです。 社殿の右側に詳しい案内板があります。背後の鳥居はちょっと不思議な位置に建っていますが、以前はこち…

疎開船武州丸の慰霊碑(亀徳/徳之島町)

なごみの岬公園には、富山丸慰霊塔の向かい側にもう1つの慰霊碑が建っています。 疎開船武州丸遭難者の慰霊碑です。 裏に碑文があります。 大東亜戦争の激化に伴い、徳之島守備の高田部隊の要請により鹿児島県知事は徳之島の老幼婦女学童を本土へ疎開せしめ…

富山丸慰霊搭(亀徳/徳之島町)

亀徳港の湾外になごみの岬公園があり、海を背にして富山丸の慰霊搭が建っています。 脇に碑文があります。 昭和十九年六月二十九日早朝この丘の後方二粁の海上にて戦没せる輸送船富山丸の陸軍将兵並びに乗組員参千七百四柱の霊を慰めむ。そしてこの碑を建つ…

井之川八幡神社と朝潮太郎銅像(徳之島町)

井之川八幡神社は井之川集落を流れる名田川(なーだんこ)という川のそばにあります。まず目に入るのが、神社手前の広場に立つ朝潮太郎銅像です。ここ井之川の出身だそうで、郷土の英雄ですね。 バックに見える山がいい姿をしています。徳之島の最高峰の井之…

徳之島小唄記念碑(徳之島町)

ちゅっきゃい節碑から南下して、集落を1つ越えた小さな岬の丘の上に、徳之島小唄の記念碑があります。周りを囲む樹木もなく、だだっ広い草原の中に1基だけポツンと建っています。あまり草は伸びてなくて碑までの踏み跡も少しあります。 碑の形がちょっと変…

ちゅっきゃい節記念碑(徳之島町)

花徳から井之川の方に向かう途中の道路沿いに2つの歌碑があり、どちらも太平洋を見下ろす場所に建っています。 1つは母間(ぼま)のちゅっきゃい節碑。 碑には歌詞が刻まれています。 ちゅっきゃいぶし碑 うしまつつくぬしま 十八里ちゅがや 十八里ぬ先な…

花徳神社(徳之島町)

平土野方面から島を横断すると、徳之島東側(太平洋側)の徳之島町に入ります。島を横断といっても山越えをするという感じではなく、かなり平坦な直線道路で、こういうところにも奄美大島や加計呂麻島との地形の違いを感じます。 最初の集落は花徳(けどく)…

天城高千穂神社(平土野/天城町)

平土野港の近くの交差点で、高千穂神社の案内が見えたので行ってみました。徳之島に来てから最初の神社です。 入口に教育委員会の案内があります。 高千穂神社明治二年、島詰官氏によって大隅国霧島神社から分社され、徳之島三間切にそれぞれ建立。天城では…

西郷南洲顕彰碑(岡前西郷公園/天城町)

西郷隆盛謫居跡のすぐ先にあるのが岡前西郷公園。大きな公園で、10000㎡あるそうですが。人の気配はありません。 ここは十二番拝所です。 公園内に小山のような塚があります。 一番高いところに西郷南洲顕彰碑があり、平成6年9月の建立です。 古い資料を見る…

西郷隆盛謫居跡(岡前/天城町)

岡前西郷公園の手前にあるのが、西郷隆盛謫居跡。 湾屋に上陸した西郷は、1週間後(文久2年6月17日)に琉仲為の勧めで、岡前の松田勝伝方に引っ越してきました。西郷はここで69日間を過ごしています。 上陸地から北の方に2kmほど離れた丘陵地です。 門からき…

不思議な空間・浅間湾屋洞穴(浅間/天城町)

徳之島空港ターミナルビルと西郷上陸地のちょうど中間くらいの位置に、浅間湾屋洞穴というのがあります。大きな案内板があるのですぐに見つかりました。 この洞窟は鍾乳洞で、方言で「ウンブギ」と呼ばれているそうです。珊瑚礁が隆起した時にできた鍾乳洞が…

特攻平和慰霊碑(浅間/天城町)

浅間陸軍飛行場跡の案内板から平和通り(滑走路跡)の直線道路を北上した終点にあるのが特攻平和慰霊碑。石灯籠の先に大きな石碑が建っています。 昭和50年6月の建立とあります。 碑文には次のように書かれています。特攻平和慰霊碑の由来この地は、旧陸軍飛…

浅間陸軍飛行場跡(浅間/天城町)

幹線道路から空港入口交差点を少し入ったところに「浅間陸軍飛行場(滑走路)跡」の案内があります。 浅間陸軍飛行場(滑走路)跡浅間陸軍飛行場は、昭和18年11月から着工し、軍民一体となり工事を進め翌19年3月には、長さ1500m・幅60mの滑走路を有する飛行…

西郷南洲上陸地(湾屋/天城町)

空港から南下して西郷上陸の地へ。河口が湾のように広がっているところに公園があります。入口には特に案内はありませんが、中に入ると一番奥の方に記念碑があります。 西郷南洲翁上陸記念碑と刻まれています。 昭和38年に建てられたものです。土台部分が崩…

塩田発祥之地記念碑(徳之島空港)

1月下旬に奄美大島からさらに先の徳之島迄行ってきました。徳之島を訪れるのは初めてのことです。徳之島のことは一般にはあまり知られていないように思います。私もつい最近までは、朝潮(先代)の出身地であることや長寿日本一の泉重千代さんがいたこと、闘…