「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

平家伝説

平家一族鎮魂の供養塔・赤間神宮の七盛塚(下関)

前回の赤間神宮の続きです。 拝殿の左手奥には、壇ノ浦で滅びた平家一門を供養する七盛塚があります。奥の方にずらりと墓碑が並んでいます。 光線の加減か奥の方が薄暗くなっていて、ちょっとした演出効果があります。 入口には高浜虚子の句碑があります。 …

安徳天皇を祀る赤間神宮(下関)

前回に続いて下関からです。 赤間神宮は、壇ノ浦の戦いで入水した悲劇の幼帝安徳天皇を祀る神社です。境内には平家一門を供養する墓碑も建っています。 入口には、白壁に鮮やかな朱塗りの水天門があります。 普通の神社だとこの位置に鳥居が建っていたりしま…

壇ノ浦古戦場跡(下関市・みもすそ川公園)

今回は奄美大島を遠く離れた関門海峡からです。場所は離れていますが、奄美に伝わる平家伝説を通じて間接的には大きな関係があります。 平家の武将が奄美大島まで落ちのびてくる物語の発端は、「壇ノ浦の戦いに敗れた平家の一党は、安徳天皇を奉じて夜陰に紛…

平家落人の墓? ナナツバカ(小名瀬)

大島海峡のほほ中央部、県道から少し離れたところの深く切れ込んだ入江の奥にあるのが小名瀬集落。 集落入口の川にかかる橋の手前の一角に、カメがいくつも並んでいる場所がある。これがナナツバカ(あるいはナナツガメ)である。墓地というよりは、ナナツバ…

平家見張所があったと伝えられる山間権現

山間(やんま)集落の先、道路から海に突き出た丘の頂上に向かって長い階段がある。白い手すりが新しい。 途中に鳥居があって山間権現の額が懸っている。 さらに先に行って倒木をくぐりぬけると、少し広くなったところに出て、石段の上に社殿がある。石段の…

諸鈍シバヤ(大屯神社祭)は素晴らしかった (2)

***前回から続く*** 休憩中に出演者たちが箱を担いで現れる。 観客に配られたのが力飯。食べると1年間は無病息災とのこと。 さて、後半も見せ場が続く。 【こどもシバヤ】演じるのはこの地区の保育所に通う男の子たちである。20年後、30年後の諸鈍シバヤを担…

諸鈍シバヤ(大屯神社祭)は素晴らしかった  (1)

10月2日(旧暦9月9日)秋晴れの下、大屯神社で諸鈍シバヤを堪能した。いつも見て回っている大島の史跡は、碑だけだったり、草むらの中の石だけだったり(それもいいものだが)というのが多かったが、これは今も脈々と生き続けている伝統芸能だ。 前日から当…

大屯神社その2 (諸鈍)

***前回の続き*** 大屯神社で最も「神社らしさ」を感じるのは社殿前の狛犬である。有盛神社にも行盛神社にも狛犬はないし、大島の神社で狛犬を見ることは滅多にない。加計呂麻では西阿室の厳島神社にもあるが、こちらの大屯神社の方がやや風化している分、歴…

大屯神社 (諸鈍)

大島へ落ちのびた平家武将ゆかりの5つの神社のうち、一番南にあるのが平資盛を祀る大屯(おおちょん)神社である。フェリーの発着する生間港から、県道を横切ってアハンティと呼ばれている小さな峠を越える。舗装された道路が山を切り裂いて通っていて、便…

平家見張番所跡 (嶺山公園)

大金久から戸円に向かう峠に嶺山公園の案内がある。平家の見張り所があったとのことで立ち寄ってみる。大和村の建てた案内板がある。案内文治元年(1185年)壇之浦での源平合戦で敗走した平家の一族(平有盛)は、今の名瀬市浦上に陣を張り源氏の追討を恐れ…

行盛神社 (戸口)

奄美にやってきた平家三武将の一人、平行盛を祀る行盛神社へ。 国道58号から分岐、南下して5分ほどで戸口。集落は結構大きく一番奥の方に行盛神社がある。入り口に立派な赤い鳥居がある。右側の碑には、 佐馬頭平朝臣 平行盛神社と黄金色で書かれている。ま…

有盛神社 (浦上)

有盛神社に祭られる平有盛は、平重盛の四男で資盛の異母弟、行盛の従兄弟にあたる。 名瀬方面から行くと、和光トンネルを通るバイパスと国道58号が合流する交差点を右折、すぐに左折すると小高い丘の上に神社の鳥居が見える。ここが有盛神社でこんもりとした…

平家漁法跡 (瀬留)

平家漁法跡は龍郷の「歴史とロマンの散歩道」の7番目の史跡になっている。 石垣を積んで満潮時に中に入った魚を、干潮時に捕まえるという素朴な漁法である。 行盛神社境内の案内には、「行盛公は、地域の方々に農業(特に稲作の普及)と漁獲方法を教え」ある…

今井権現 (安木屋場)

近海の監視のために遠見番として笠利湾の安木屋場岬に配された今井権太夫を祀っているという今井権現に向かう。 南洲流謫跡を過ぎて旧道に入り道路案内の通りに尾根のような山道を行く。かなり狭いが話に聞いていたほどではなく、対向車さえなければほとんど…

蒲生神社(蒲生崎)

蒲生神社は、戸口に居城を構えた行盛の配下で、近海を監視するために屋仁崎に配された遠見番・蒲生左衛門を祭る神社である。 大島の最北端に近い用という集落から山に入り、反対側の海に出る。海岸線に沿って南下し、屋仁という集落を過ぎてしばらく行ったと…