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「大奄美史」紀行

   奄美大島の史跡を訪ねます。

住居・施設跡

究極の限界集落を囲む玉石垣 (青久)

市から嘉徳方面に向かう峠道の途中から、青久の方へ降りる道がある。道路案内には「むちゃかなの碑 3.0km」と書いてある。以前にもここまでは来たことがあるのだが、降雨が続いた後だったせいかあまりの悪路に途中で引き返してしまった。今回は思い切ってウ…

恩勝尋常高等小学校旧門とログハウスの教会 (恩勝)

恩勝・大和浜には以前にも来たことがあって、そのときは高千穂神社、開饒神社や群倉を見て回った。今回は「く」の字型にカーブする県道の内側を歩いてみることにした。参考にしたのは、県のHPからダウンロードした『奄美シマ歩きマップ』(鹿児島県大島市庁…

芝好徳顕彰碑と芝家屋敷跡 (篠川)

前回に続いて篠川の芝家について。 篠川小中学校の少し南側の広場に大きな石碑があり周りに石灯籠、隣には胸像が建っている。向こうの方に遊具や東屋なども見える。 石碑には「開拓の父 芝好徳翁顕彰碑」と刻まれている。 土台上の碑の周りの四隅に何かの建…

秋名の琉球石垣

芦花部トンネルを抜けて龍郷町最初の集落が秋名。集落手前の県道からの分岐点の空地がちょっと賑やかで、枝ぶりのいい松の木の周りにいろいろ建っている。 右側の石柱には「文化の里秋名」とある。その手前に観音様の坐像、昭和十年の秋名小学校卒業生が喜寿…

薗家庭園 (用安)

用安から笠利湾の喜瀬方面へ向かう道路を少し入ったところに薗家庭園入口の案内がある。 しばらく行くと右に入る山道がある。途中降りてくる車とすれ違いのときに窓を開けて道が間違っていないことを確かめる。谷川沿いの道路を登っていくと、駐車スペースが…

泉家住宅 (宇宿)

旧笠利町宇宿は奄美空港から名瀬とは反対方向、車で5分もかからないところにある。県道沿いに民家が並んでいて商店や郵便局もある。地名からは宿場が連想されるが、元は「グスク」から「ウシク」に転訛したものだという。近辺に史跡の多い集落でもある。 今…

もう1つの鎮西村役場跡 (於斉)

於斉に鎮西村役場跡があるというので行ってみた。海岸沿いの道路から瀬相方面へ向かう道路(トンネルのない方)を入ると、小さな川を渡る直前に斜め右の方へ行く道がある。車を降りてそちらの方に入っていく。 両側から薄の垂れ下がる小道が山の麓までまっす…

林家屋敷跡 (諸鈍)

浜沿いにディゴの並木が続くカネクと呼ばれる地区のほぼ中央に、かつて島役人を務め隆盛を誇った諸鈍の名家林家の屋敷跡がある。 正面の浜に面した石垣。右側がディゴ並木。 正面の門があったところ。石垣が一部崩れている。 門の中は樹木が生い茂っていて荒…

三太郎茶屋跡 (三太郎峠)

しばらく加計呂麻が続いたので、一旦本島側に戻ることにする。 瀬戸内町の方から国道を行くと、奄美市役所住用支所あたりに三太郎峠と標識があり、右折すると旧道に入る。 三太郎トンネルができたのはかなり前だから、こういう旧道は荒れ果てているのかと心…

実久村役場跡 (瀬武)

昭和31年の町村合併で瀬戸内町ができる前、瀬武には旧実久村の役場があった。集落の中心付近、県道沿いのバス停のそばに役場跡がある。 二本の門柱が残っている。右側の門柱には「實久村役場」と書かれた表札が残っている。中は空地になっていて、左の建物は…

西家の石垣 (伊古茂)

於斉方面から行くと、船がたくさん泊まっている桟橋があって、それを過ぎると堤防沿いの広い直線道路に出る。スピードを出しやすいためか、伊古茂小学校の前の堤防に警察官人形(まもるくんというらしい)が立っている。少し先に、「西家の石垣」と書いた案…

教員伝習所跡 (久慈)

久慈小中学校の中、県道からもブロック塀越に見えるところに教育伝習所跡の碑が建っている。 傍らに案内板がある。 教員伝習所跡 明治十四年開所 明治十七年閉所明治七年旧西方を一学区とする郷校が誕生した。明治十年簡易小学校として認められた。明治十四…

篠川農学校跡 (篠川)

海岸沿いに走る県道を右折して篠川集落のメインストリートを行くと、バス停横の木立の中に「篠川農学校跡」の碑が建っている。 篠川農学校は明治33年に篠川実業補習学校として設立、明治36年篠川農学校に改称して、大正7年に廃校になっている。 石碑と川を挟…

群倉 (大和浜)

トンネルを抜けて、大和村役場のあるところから県道をさらに2~300メートル先に行ったところの道路そばに高倉がかたまって建っている。 群倉と書いて「ぼれぐら」と読むそうだ。 案内板がある。 高倉について高倉は主に穀類を貯蔵するための倉庫です。1.…

名越左源太 居住地跡 (小宿)

薩摩藩のお家騒動から大島に遠島になった名越左源太の住んでいた跡が小宿というところにあるという。名越左源太は「南島雑話」の著者として有名である。 奄美博物館で名越左源太の場所をを尋ねてみる。正確な場所は分からないが一度行ったことがあるとのこと…

西郷南洲流謫跡 (龍郷)

西郷松からさらに龍郷湾沿いに北上して、西郷南洲の謫居跡を訪ねる。 入口に門柱が建っていて周囲に生垣があり、中は庭園のようになっている。 阿丹崎に到着した西郷ははじめ美玉新行の空家に住んでいたが、その後小浜の郷士格龍家の離れ家に移転、2年8か…

大島代官所跡(赤木名)

赤木名は藩政期、名瀬大熊と交互に何度も代官所(仮屋)が置かれたところである。 赤木名の町の中、県道の少し南側の通りに大島代官所跡ある。白地に黒い文字で「大島代官所跡」と書かれた角柱が建っている。 中は広い空き地になっている。町の行事にでも使…

大島奉行所跡 (笠利)

藩政期に大島支配の拠点となった奉行所跡を訪ねる。 奄美空港から県道を北へ。小高い丘のモダンな教会の横を過ぎてすぐ、笠利集落の手前から小道を少し入ったところに大島奉行所跡がある。 入口の案内板には、昭和46年町指定文化財琉球王朝から薩摩藩の直轄…